新選組の全てを見ている斎藤一@オダギリ

昨日、史実の斎藤一について記事にしたら、『新選組!』の斎藤一@オダギリについて語りたくなった。
2~3日前、橋本じゅんさんが演じる広岡子之次郎を改めて観たくなり、第4回『天地ひっくり返る』を観ました。すごい!橋本じゅんさん。舞台『噂の男』で、強烈なキャラクターのモッシャン@橋本じゅんを観た後に、この広岡子之次郎@橋本じゅんを観るとすごい!すごい!!
近藤勇@香取慎吾、芹澤鴨@佐藤浩市、山口一@オダギリより前に出ず、しかしキーポイントとなる一介の水戸の浪士を見事に演じている。広岡子之次郎を初め、一介の浪士らが起こした桜田門外の変は、山南敬助@堺雅人、近藤勇@香取慎吾、芹澤鴨@佐藤浩市らを動かしたんですから。
この橋本じゅんさん演じる広岡子之次郎の死によって動き出すということを堺雅人さんも仰っていました。桜田門外の変の悲惨な現場にて、山南敬助が近藤に語りかけるシーンも良い。
今、『新選組!』で一番好きな回は?と尋ねられたら、この回を挙げるだろう。山南敬助@堺雅人が試衛館を訪れ、帰ろうとしたところを止める土方歳三@山本耕史とのやり取りのシーン。このシーンもとても深い。また斎藤一@オダギリが近藤や芹澤と出会うシーン。
そして広岡子之次郎ら一介の浪士たちが起こした桜田門外の変。そこに立ち合った山南敬助、近藤勇、芹澤鴨。第4回は好きな回のひとつであり、そしてその後の新選組を作るきっかけとして重要な回であったことは分かっていたのですが、なんか改めてすごい!と思った次第です。

さて話しを斎藤一@オダギリに戻しましょう。
先月の江戸にての座談会でも話題になったのですが、斎藤一@オダギリは良い。とてもとても良いと。
彼は新選組のすべてを見ているのです。そして知っているのです。

試衛館派が清川八郎を暗殺しようと見せかけ芹澤派をだましていること。
禁門の政変にて、土方が山南に近藤のために修羅の道を歩くことを決意したことを伝えているところ(それは土方が山南も修羅の道へ誘っているんだと思われる)。
試衛館派のメンバーが芹澤派粛清を考えていること。
芹澤が命を狙われていることを知っていること、そして芹沢が生きたいと思っていること。
山南・土方・左之助・総司が芹澤暗殺に行くところ。
土方が古高をどのような拷問で白状させたかということ。
永倉らの近藤批判。
松平容保公の前で、近藤が永倉らに謝り、和解したこと。
山南が脱走しようとしているところ。
山南の脱走を知った近藤・土方が心の内で山南を逃したいと思っているところ。
岩木升屋事件にて土方が斬られそうになった山南を助けたこと、そして本当の二人の関係。
山南の切腹。
松原忠司がどのようして女に惚れ、そして死ぬことになったのか。
山南を切腹させた以上、一切の例外は認められないと、本当は避けたいのに河合に切腹を命ずるしかなく、山南を死なせたことを未だに苦しんでいる土方。
間者として御陵衛士に加わる際、土方が平助だけは守りたいと思っていること。
源さんの死。
土方が新選組として一番良かったと思っている元治元年(1864年)の秋の編成表を隠し持っていること。
永倉や原田が近藤と袂を分つ時。
そして何故、土方が会津を去り、北上して行ったかということ。

挙げたら限がありませんので、私が書きながら思い出したところ、またキーポイントとなるところだけ。
『新選組!!』では、会津に残ったその後の斎藤については描かれていませんが、三谷さんの中には、史実の通りに明治・大正を生きた斎藤は新選組について語らなかったというものがあるんだろうな~と思う。
すべてを見てきて、また全てを知っているからこそ、語らなかった。語れなかった。
こうして書いていると、その後の斎藤一ということで『新選組!!!』を観たくなる(苦笑)。しかしそれは無いだろうと思う.
そこで自分で想像するのも楽しい。夫人となる時尾さんは誰がいいか?など。シナに渡った左之助が帰ってきて、斎藤を訪ねるというシーンもいいな~。西南戦争で、薩摩に属したと云われる市村鉄之助に会ったり・・・ほらほら妄想が広がってきた(笑)。

話しを戻しますが、紅色で挙げているところは山南の視点から見た場合、とてもキーポイントとなるところであり、また斎藤しか知らないというところもあり。
山南が脱走したことを知っていながらも知らないと答えた斎藤。武田観柳斎@八嶋智人に追うように言われて、仕方なく「承知!」と言った時、それを止めた土方。土方と近藤が目で語り、追っ手を沖田に命じた。この時、斎藤だけは気付いただろう。この二人は山南を逃がそうとしていると・・・あ~涙。

『新選組!』を改めて観直したいと思っているのですが、なかなか時間が取れず。
まず改めて山南敬助の視点で観たい。好きな回や、気になる回など、チョコチョコは観ており、山南のちょっとネガティブな部分も見えてきたりしている。次は土方の視点、そしてその次は斎藤の視点で観たい。
因みに第1回もすごいと思いました。ここでそれぞれの隊士か、どんな人物なのか、描かれている。今頃、こんなことに気付くなんって遅いかしら。特に山南敬助の描き方には感動しましたよ。あ~第1回から第49回まできちんと観たいよ~。
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Commented by M子 at 2006-10-02 13:54 x
こんにちは。初めまして。
いつも興味深く、こちらを拝見させていただいてます。
広岡子之次郎のことで、どうでもいいことですが、書き込んで
みたくなって、初めて顔を出してしまいました。
ドラマの中で俳優の橋本さんは、カツラを使わず
月代を本当に剃ってるんですよねえ。
それに気がついた時は、おおっ、と声をあげてしまいました。
死をも覚悟した一大事に臨んだ水戸浪士の心意気を、
現代人の彼が表現した一部分だったんでしょうね。

それから、ひとつエリさんに質問してもよろしいでしょうか。
ずっと疑問だったんですが、
組!の中で、朝食を食べながら試衛館のみんなが納豆について
語るシーンだったと思うんですが、
山南が京はどうだったか、と聞かれ寺田屋騒動を
説明しています。
山南は史実でも、浪士組上洛前に京に
行ったことがあるんでしょうか。
上洛シーンでは、沖田は原田に京について聞いてますが
山南に話題は振ってはいません。
あの、山南京旅行の話は、ただ寺田屋騒動を説明するだけの
三谷さんが作った設定だったんでしょうか。

もし、この話題について、エリさんがすでにブログの中で
語られていることでしたら、お許しくださいませ。
Commented by eri-seiran at 2006-10-02 21:48
>M子さん
初めまして。これまでご訪問して下さり、またコメントありがとうございます。
今回、『噂の男』に関連して、橋本じゅんさんについて知れば知るほど、役者にかける姿勢ってすごいな~と思いました。
さて、山南敬助が浪士組として上洛する前に京に行ったことがあるかということについては、行ったという記録は残っておりません。寺田屋騒動が起きたのが文久2年(1862年)4月、文久2年の山南については、1月に近藤と総司と小野路村を訪れた記録が残っているのみで、後については不明。三谷さんとしたら、時勢に詳しい山南を強調したいために京に行った設定にしたかったのでしょうね。
私的には浪士組として上洛するまでに、1度は京へ行ったことも考えられるだろうな~と思っています。
そうですね~新選組の小説などでは、中仙道を歩いている途中などで物知りの山南に総司が色々と尋ねる場面があったりしますが、今回の『新選組!』では、あまりそのような場面は無かったですね~今回の総司はあまり真面目な話しは苦手な感じでしたから、左之助の方に訊ねる方が楽だったでしょうね(苦笑)。
拙いブログですが、これからもよろしくお願いします。
by eri-seiran | 2006-09-29 23:35 |  ドラマ/映画/舞台 | Comments(2)

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