諦めないことを教えてくれた方

水が湧き出た井戸があり、この水で走り井餅が作られました。その井戸の近くに走井茶屋があり、旅人たちはそこで餅を食べながらひと休みしたそうです。その茶屋は明治初めまであり、現在は、月心寺となっております。

街道てくてく旅 東海道五十三次完全踏破の旅人であった岩本輝雄さんが、この月心寺に旅の途中で寄っております。この走井茶屋が広重の浮世絵に描かれているのです。

そうです。今年、私がはまったテレビ番組のひとつであり、またこの旅人にはまりました。そしてこの方から諦めないことを教えて頂きました。
最初、この番組を知った時には、東海道だしな~近藤や土方たちなどは歩いた記録が残っているけれど、山南はないしな~なんって思っていたので、まさかあそこまではまるとは思っていませんでしたよ(笑)。
その後の街道てくてく旅 中山道完全踏破はまだすべて観ていないんです。ごめんなさい。録画しておいてはあるのですが・・・ゆっくりと時間があるときに観ます。自分が忙しい時期に放映されていたということもあるのですが、モチベーションがそれほど高くなかった。
中山道を山南敬助が江戸から京まで歩いたのは確かなのですが、この旅は京から江戸ということ。勅使川原さんも前向きで明るくとてもよかったのですが、女性と男性という違いは私にはちょっと影響した。また自分自身のこれまでのパターンから、第二弾になるとモチベーションがちょっと下がることが多い。

さて私がはまり、応援した一人である岩本輝雄さんが、現役選手に幕を閉じました。約2年半、足の故障でサッカーの表舞台に立てませんでした。しかしもう一度ピッチに立ちたいと思いながら、また悩みながら、旅している様子も伺われました。そして奇跡が起こったのです。なんとその旅の終わりに、足の調子が良くなったのです。もちろんもう一度ピッチに立ちたいという思いは強くなりました。この東海道五十三次完全踏破がもう一度ピッチに立つきっかけを作ってくれたのです。観ていた私としては嬉しかった。

この12月のトヨタ・クラブワールドカップの試合でピッチに。そしてデビューした時と同じ国立競技場。チームは負け、シュートも決まらなかったけれど、2年半もフリーのサッカー選手だったとは思えないプレーだった。この2年半の苦労があってピッチに立て、そして自分で決めた引退。自分で納得しての引退。だからこそ、試合が終わった後、とてもいい顔をしていた。
良かった。本当に良かったと思えた。こちらまで、本当に嬉しく思えたし、あの笑顔を見ていたら、こちらまで幸せな気分になれたし、勇気をもらった。そして諦めないことの大切さを教えてもらった。

そんな岩本選手を見ていて、引き際ということについて考える今日この頃。ディープインパクトとかサッカーの中田、プロ野球の新庄、一方でサッカーの三浦とか、野球の野茂とかもいる。
そして時代も何もかも違うけれど、二度と表舞台に立てないまま、また新選組の大幹部という立場だけでなく、まさしく自分の人生の引き際を決めた山南敬助。
それぞれの引き際がありといったところでしょうか。

とにかく、岩本選手、お疲れ様でした。夢と勇気をありがとう。と言うことで、最後は締めたいと思います。
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by eri-seiran | 2006-12-28 22:46 | エンターテインメント | Comments(0)

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