松本捨助

山南敬助を語る時、小島鹿之助、佐藤彦五郎、富沢政恕など多摩の人たちを記事にてよく挙げているものの、カテゴリーの多摩の人たちにおいて、記事としてきちんと書いたのは、井上松五郎橋本政直のみであることに最近、気付きました。
そこで今回は、『新選組!』にて中村獅童さんが演じた滝本捨助のモデルとなっている松本捨助について書きたい。今後、『新選組!』の再鑑賞の記事にておいて、滝本捨助の名前が出てくることも度々あるでしょうから。

松本捨助は、弘化2年(1845)の生まれです。山南敬助より12歳か、或いは9歳年下になります(山南の生年については二つの説がありますので)。また藤堂平助や斉藤一らに近い年齢です。二人より2歳ほど年下。
捨助は、本宿村、今の府中市西府町に住む名主の松本友八の一人息子として生まれました。この先祖が、今話題の武田軍の家臣であり、後に徳川幕府の八王子千人同心になったという由緒書が残っているそうです。
先祖がそういうわけであり、また多摩という土地柄から、当然ながら天然理心流の剣術を学ぶことになるわけです。捨助は、日野宿の佐藤彦五郎の道場に通い、佐藤彦五郎宅の近くに住んでいた同じ年頃の古谷優之助と熱心に剣術の練習をしたらしい。
しかしこの捨助、幕末・明治の俠客であった小金小次郎(新門辰五郎の弟分)一家に出入りするようになり、実家から離れていった時期がありました。これには面倒見の良い佐藤彦五郎も困ったようです。それからちょっとして、兄のような存在であっただろう近藤勇や土方歳三らは、浪士組として上洛することを決意。小金小次郎一家に出入りしていた捨助ですが、この話しを聞いて自分も一緒に行きたいと願ったそうですが、身内から反対されて共に上洛すること叶わず。
それでも諦めきれず、文久3年(1863)11月に壬生を訪ね、新選組に入れてくれと土方らに頼みました。しかし一人息子だから駄目だ!と、断られたそうです。そして多摩に帰るように言われ、その時に託されたものが、土方の女自慢などが書かれた書簡と、血糊が付き、折れている山南の佩刀である摂州住人赤心沖光などの刀三振りです。
捨助、この時期に、呼ばれもしないのに京に行ってくれて、そして土方らに断れながらも、託されたものを江戸・多摩まで持ち帰ってくれてありがとう。あなたは、なんって良い人なんだ。もしこの時、あなたが京に行かず、或いは京に行って土方らに入隊を断られても、『新選組!』の滝本捨助みたいに京に居たままであったなら、山南の佩刀の赤心沖光は現代にこのように伝わることはなかったかもしれない。今更ながら、あなたは本当に素晴らしい人だと認識しました。

さて、そんな人の良い捨助、江戸・多摩に託されたものを持ち帰った後、結婚して子供も生まれたそうですが、やはり諦めきれず、新選組に入れてくれ!と頼みました。その時は土方らに許してもらい、やっと念願が叶ったという次第です。それは、甲陽鎮撫隊の時だったと云われています。その後の厳しい戦の中、会津までは山口次郎(斎藤一)に付き、土方が会津で合流した後は土方に付き、仙台まで行きます。しかし仙台にて、あとは無いと思っていただろうと思われる土方に説得され、捨助は斎藤一諾斎(捨助と同じ頃に、僧侶から新選組の隊士になった方)と共に仙台にて、新政府軍に投降。そしてこの時の有名な逸話があります。土方は別れる前に、身内のいない一諾斎には30両、捨助には10両を餞別として渡したと云われています。

その後の捨助は、再び小金井小次郎の所に身を寄せたり、山岡鉄舟との付き合いがあったり、三河のセメント会社にいたり、名古屋の商店にいたり・・・
明治の末に多摩に戻り、大正7年に亡くなったとのこと。享年74です。
まさしく波乱万丈の人生。同じ所に留まらない、しかし最期は原点に戻るという点は、『新選組!』の滝本捨助と重なるところがあり、三谷さんはその辺りを意識して滝本捨助という人物を描いたのだろうか?
とにかく波乱万丈の人生。明治以後、昔を思い出すこともあっただろう。血糊の付いた赤心沖光を京から江戸・多摩まで持ち帰ったことを思い出したりしただろうか?
山岡鉄舟とそんな昔話をしたかもしれない。

『新選組!』で、堺雅人さん演じる山南敬助と中村獅童さん演じる滝本捨助は、第5回の近藤の結婚披露宴で初めて出会ったことになっています。
史実の山南敬助と松本捨助はどうだったんだろう?
山南も多摩方面に出稽古に行っていることから、上洛するまでに出会っていただろうと思われます。捨助が一緒に剣術の練習をした古谷優之助が山南と出会った記録は残っていますし。

松本捨助が残した49歳の時の写真。とても粋な方と見受けます。
あ~この方が山南敬助の佩刀である赤心沖光を持ち帰ってくれたのね。
本当に感謝!感謝!です。
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by eri-seiran | 2007-01-27 14:30 |  多摩の人たち | Comments(0)

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