遠藤文七郎に会っていた土方歳三

私は新選組ファンと言いながらも、山南敬助が亡くなった後の新選組についてはそれほど詳しくなく、特に江戸に帰ってからについては2004年にだいぶ勉強させて頂きました。
それでも今になって、目から鱗状態のことがあったりします。

先日、これと言った目的もなく新選組大事典コンパクト版(新人物往来社編)をペラペラと捲っていたら、遠藤文七郎(充信)の名前が目に入ってきました。この方の名前が新選組大辞典に載っていることに驚いたわけです。遠藤文七郎は、幕末の仙台藩における尊王(勤皇)攘夷派のリーダー的な存在の方。
子母澤寛の『ふところ手帖』(中公文庫)の『才女伝』に遠藤文七郎は登場します。そしてここには榎本武揚や土方歳三も登場します。以前、それについては『才女伝』に登場する桜田春三郎という記事にて書いていて、史実で会った可能性もあるような~なんって思っていたけれど、土方歳三は遠藤文七郎に史実で会っていたんです。だから新選組大事典に載っていたんです。慌てて新選組日誌コンパクト版(下)(新人物往来社)もチェックしてみると、ここにも会ったことが書かれているではありませんか(汗)。

慶応4年(1868)9月12日、土方歳三と榎本武揚は、仙台城にて執政の大篠孫三郎と遠藤文七郎に会い、仙台藩の降伏恭順に抗議しましたが、奥羽越列藩同盟が敗北し、藩内の佐幕派が失脚した中で藩の考えが変わることはありませんでした。

この時、遠藤文七郎は土方のことを

斗屑の小人、論ずるに足らず

と評したとのこと(汗)。

『才女伝』では、遠藤文七郎に命じられて、桜田春三郎が榎本武揚らを暗殺しようとするのですが、できませんでした。さて桜田春三郎(桜麿)とは何者かというと、

仙台藩の武士の家に生まれ、北辰一刀流の剣士であります。多分に尊王(勤王)攘夷派であっただろう。何故ならば春三郎の父親が桜田景行、その父親の弟、つまり春三郎の叔父が桜田良佐(りょうすけ)。この桜田良佐が幕末の仙台藩における尊王(勤王)攘夷派の理論的指導者であり、あの清河八郎とも知り合いで、清河が人を斬って幕府に追われていた時にかくまったと云われています。そしてこの良佐の息子が桜田敬助という人です。

桜田春三郎の叔父である桜田良佐は仙台藩の尊王(勤皇)攘夷派のリーダー。だから遠藤文七郎とはつながりがあった。だからこそ史実においても、同じ世代である遠藤文七郎と桜田春三郎のつながりはあったと考えられるはず。
以前、山南敬助が尊王攘夷派でなくてもあっても、桜田良佐に会ったことがあるかもしれない、名前を聞いているかもしれないと書きました。その時は桜田良佐にしか触れなかったのですが、桜田春三郎の年はどうも山南と同じくらいらしい。また遠藤文七郎については天保7年(1836)の生まれなので、山南の天保7年説であれば同年齢。一般的な天保4年説であっても山南より3歳年下。と言うわけでこの3人は同世代。仙台藩で出会っていた可能性は十分にある。共に学問・剣術に励んだかもしれませんよ。

桜田春三郎が土方歳三に会ったという記録は今のところわかりませんが、会っていなくても、遠藤文七郎が土方歳三について春三郎に語ったことは十分に考えられます。

もしもですよ、もしも遠藤文七郎や桜田春三郎が山南敬助を知っていたら。これは面白い。土方歳三が山南敬助を知っている遠藤文七郎と会ったとしたらめちゃくちゃ面白い。
勉学と剣術に励む少年の頃の山南敬助と遠藤文七郎と桜田春三郎。そしてそれから20年以上経った土方歳三と遠藤文七郎と桜田春三郎。それぞれが、仙台藩にて山南敬助を想う。
ほら、小説ができそうですよ。
妄想は広がるばかり(苦笑)。
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Commented by 関東在住H at 2008-05-30 12:35 x
こんにちは。エリさん。
遠藤に桜田と土方、そして山南…感慨深い関係が思い浮かびますよね。
ところで藤沢周平さんの作品、「回天の門」という清河八郎が主人公の作品は御存じでしょうか? 著者の創作なのか資料からなのか分かりませんが、清河八郎は桜田敬助と千葉道場で親しくなったことが書かれています。つまり、桜田敬助は遊学で江戸に来ていて、清河と共に千葉道場で北辰一刀流を学んでいたという事に!? そう考えると春三郎も遊学で江戸にやって来た事があるかもしれないし、遠藤も江戸の仙台藩邸に居た事もあるかもしれない…! 

因みにこの「回天の門」を読むともれなく清河が好きになれます(笑)
Commented by eri-seiran at 2008-05-31 17:32
>関東在住Hさん
土方に遠藤文七郎に桜田春三郎、そして山南が登場する小説、良いでしょう?最近、小説を通り越して映像化されてきて、『新選組!』の山南、土方でいくと、文七郎と春三郎はどの役者さんがいいかしらと考えています(笑)。

藤沢周平の『回天の門』は読みました。Hさんも会ったことのある仙台藩の桜田一族に関心を持っていらっしゃる方に教えて頂きました。その方も仰っていたんですけれど、私も感じたんですけれど、史料にかなり基づいているのではないかと。
読み終わって、もれなく清河が好きになりました。村上俊五郎や池田徳太郎も(笑)。
文七郎は桜田良佐から同じ尊王(勤皇)攘夷派である清河八郎を紹介されたかもしれませんよね。山南が文七郎と春三郎と知り合いだった、彼らが江戸の仙台藩邸にいたことも考えられると思います。
by eri-seiran | 2008-05-29 08:17 |  同志たち | Comments(2)

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