仙台出身と記されている史料

先日、歴史の書籍で山南敬助について簡単に紹介してあるのを読んでいました。簡単と言っても山南が学んだ剣術は、小野派一刀流、北辰一刀流、天然理心流が挙げられていて、それを見ると、山南についてきちんと書かれていると思ったのですが、出身地が不詳と書かれてあったのです。山南の出身地が不祥と書かれているのは初めてでした。出身地は仙台と断定するか、或いは仙台と云われているという書き方がほとんどだったと思います。

ちょっとこれは驚いたわけです。それなら私は何故に仙台出身と言っているのか?とすぐに出てこなかったので、山南は仙台出身であることを何に、或いは誰によって記されていたかと改めて確かめたくなりました。

『同志連名記』 永倉新八 試衛館時代からの同志
『異聞録』 小島鹿之助 懇意にしていた小野路村の名主
『尽忠報国勇士姓名録』 早川文太郎 浪士組として共に京へ行った方
『往詣記』 良誉上人 山南が眠る光縁寺の住職
『新撰組始末記』 西村兼文 西本願寺侍臣で山南と面識があった可能性がある方


記されてあったもの、それを記された方、また多分にそれを記した方、そしてその方と山南の関係を挙げました。
これらに仙台の出身と書かれているということは、もし山南が仙台の出身でなかったとしても本人が仙台の出身と言っていたと考えられ、それならば山南は仙台の出身であったと言っていいと思うのです。

あ~仙台に行きたい。行きたいよ。
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Commented by 関東在住H at 2008-06-14 07:31 x
エリさんおはようございます。
別に山南が他藩出身だという資料も発見されてませんし、当時の関係者がいずれも仙台藩だと記しているようですから、多分、その本の著者の方は仙台に山南姓が無いというデータから不詳にしているのでしょうかね…。

私個人的な意見でアレなのですが、実は山南は仙台藩の某から密命を受けて江戸に出て来ていたとか??…なんて考えてしまいます。それ故に変名していた…のかな?とか。いえ、明治49年まで生きた鴉組の細谷十太夫は仙台藩隠密だったなぁと。山南も何らかの使命を持ってて途中でお亡くなりなってしまたから謎が多いのかなぁ…なんて。
Commented by eri-seiran at 2008-06-14 09:05
>関東在住Hさん
その著者の方は新選組に関して詳しく、新選組に関する書籍も多く出している方だったので、だからこそ驚いたんです。その方の書籍についてきちんと読んだことがないのですが、私も仙台に山南の姓がないからかな?と思いました。

某とはあの方のことですよね(笑)。
私はまだ良く分からないんですけれど、仙台の方々、または仙台藩とつながりはあったんだろうなと思います。当時、変名を使っている人は少なくないし、なんらかの事情があったんでしょうね。
山南の死についても色々とありますが、事情があって変名を使っていたからこそ、死後の山南について小島鹿之助などあまり語っていないのかな~なんって思ったりしています。
by eri-seiran | 2008-06-13 06:26 |  山南敬助 | Comments(2)

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