2010年 07月 11日 ( 1 )

切腹と託す

元治2年(1965)2月23日は前回の第27回と第28回の間にあったような感じになっていましたが。

山南敬助が切腹した元治2年(1965)2月23日から、数ヶ月後の慶応元年(1965)閏5月11日に土佐藩では武市半平太が切腹しました。

『新選組!』の龍馬は切腹した山南敬助から託され、前に進んでいきました。
『龍馬伝』の龍馬は同じく切腹する前に武市半平太から託され、前に進んで行くようです。

史実においては山南から形として託されたという可能性はかなり少ないものの、半平太の方はこの頃の関係は良く分かりませんが、龍馬の思いとしては色々とあっただろう。
人脈の広い龍馬。龍馬に託した人たちも多いだろう。多くの人たちから託されて日本を洗濯しようという気持ちに繋がったところもあるだろう。
そして今、書きながら、『組!』での宇都宮の戊辰戦争において土方歳三の言葉を思い出しました。

先に死んで行った者たちのためにも俺たちは最後の最後まで戦わないとならねんだ

土方も龍馬も向かう方向は違ったけれど、思いは同じだね。

さて武市半平太の切腹シーンですが、同じ大河ですし、6年前のあの方の切腹シーンを参考にしたり、対抗意識もあったりしたのかな?と思いながら見ていました。
岡田以蔵の処刑シーンと武市の切腹後の富さんのシーンを交互に入れていき、6年前とは違った描き方でよかったと思います。

驚いたのは龍馬伝紀行で、武市の自刃の短刀が残っていることを知ったことです。
思わず残っているんだ~いいな~と。
山南が切腹した時の短刀はどうしたんだろう。
その時は残していたのだろうか。屯所が西本願寺への移転でどこかに行ったのだろうか。戊辰戦争でなくなったのだろうか。
赤心沖光と同様に誰か託されていないのだろうか。
京都のどこかに今でも埋もれていないだろうか。
武市は家族が近くにいたし、戊辰戦争で土佐藩は官軍だし、土佐藩の土地が戦争に巻き込まれることもなかったし。残っているわよね。いいな。
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by eri-seiran | 2010-07-11 22:38 |  ドラマ/映画/舞台 | Comments(2)

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