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『マチベン』第4回~新旧の土方と山南の共演~

今回の『マチベン』
ゲスト出演に岸部一徳だ~別にファンではありませんが、ちょっと気になっていました。何故ならば、私が山南敬助を好きになったきっかけは、『壬生の恋歌』での山南敬助@岸部一徳だったからです。
そして新旧の土方歳三と山南敬助。それぞれを演じた山本耕史君と岸部一徳さんの共演。
普通なら、沢田研二さんと岸部一徳さんの共演に、ザ・タイガースを思い出すと思うのですが・・・
今日になって気付きました。そうじゃん!2人ともザ・タイガースの同志じゃん!遅いです。すみません!

話しを戻します。土方、山南をそれぞれ演じたことのある二人の共演に何かを期待したわけでもなく、『安楽死』ということがテーマであること、沢田さん演じる後藤田と岸部さん演じる新田の関係に何かがあると言うこと、そして映画『ココニイルコト』で前野悦朗を演じた堺雅人さんの妹役であった原田夏希さんもゲスト出演するというくらいしか、情報は知りませんでした。
あらすじは、こちらより

最後まで自分でいたい。
最後の時間をちゃんと生きたい。


新田のその言葉に、『新選組!』の山南敬助@堺雅人のことをいつのまにか考えていました。山南敬助も最後まで自分でいたい。最後を新選組の総長として生きたいと思った。だからみんながいくら逃がそうとしても、それを拒んだ。

本当にいいんですか。本当に安楽死なんかしたいんですか。まだ生きていられるかもしれないのに。自分で命を絶つなんって、僕には・・・

山本耕史君が演じる神原の言葉。それは土方歳三@山本耕史が山南敬助@堺雅人に言いたかった言葉ではないだろうか。
周りが何度も逃そうとしたが、逃げず、切腹に望む山南。その山南に土方は言いたかったはず、しかし言えなかった。
「何故、逃げなかった?本当にこれで良いのか?命があるのに、なぜ自分から命を絶つ?」と・・・
しかし何も言えない土方に対して、山南の言葉は
「悔むことはない。君は正しかった。私を許せば、隊の規律は乱れる。私が腹を切ることで、新選組の結束はより固まる。それが総長である私の最後の仕事です。」

最期の瞬間まで自分でいたいと思った新田。
最期の瞬間まで、新選組の総長として生きた山南敬助@堺雅人。

新田は後藤田に言います。
人間はごめんと言いながら死ぬやつと、ありがとうと言いながら死ぬやつがいる。
俺はありがとうって言って死にたい。


山南敬助@堺雅人も、ごめんではなく、ありがとうだった。

そして『黒龍の柩』の山南敬助と土方歳三のことも思い出されました。
神原が安楽死は自殺に手を貸すことになると言っていました。
新田と同じように癌に侵されて余命少ない山南。新選組総長として、やるべきことをやり遂げた後に切腹を求める。それを受け入れた土方。
しかしそれは、山南の死に手を貸したのではなく、山南、新選組のため、そして山南を苦しみから開放し、山南に武士として生きてほしいためでした。
『黒龍の柩』の山南もありがとうだった。

そんなフィクションの山南敬助のことを考えていると、今度は史実の山南敬助はどうだったんだろう?と、色々と考えるわけですよ。
最期まで新選組の大幹部として生きるための死だったのだろうか?
最期はありがとうだったのだろうか?ごめんだったのだろうか?とか・・・

とにかく昨日の『マチベン』は、涙なしでは観られませんでした。
山南と土方に関係なく、ドラマ全体としてもとても良かったと思います。
職場の私が所属しているグループの女性の間では、このドラマの評判がかなり良いです。
『組!』、また山本耕史君ファンでなくても、私へ「あのドラマ観ている?良いよね~」「山本耕史君、良いよね~」
そう言ってもらうと、単純ですから、自分のことのように喜ぶ私です。
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by eri-seiran | 2006-04-30 18:29 |  ドラマ/映画/舞台 | Comments(0)

FC特典のカレンダーに感謝

温泉に入って、昼寝をして、土方モードになり、そして堺雅人さんの舞台『噂の男』の新たな情報で舞い上がっていたら、忘れていました。
4月25日は太陰暦(旧暦)での近藤勇の命日であるということ(汗)慶応4年(1868年)の出来事。
昨日、気付いた次第です。と言うわけで、今日は近藤勇のことについて記事にするつもりでしたが、スルーします。すみません!

何故ならば、先ほど仕事から帰ってきたら、『新選組!! 土方歳三 最期の一日』のDVDが届いているではありませんか!
MAGNUM1031の方で申し込みました。
FC特典のカレンダーをまず拝見。
もう~涙が出そう。
写真は言うまでもありませんが、それぞれの月に書かれてある出来事の文字。
もちろん、私の手と目が止まったのは、如月ですよ。

一八六五年二月二十三日
     山南敬助 切腹


とにかく嬉しい。もちろん、油小路の変や池田屋事件など新選組に関する出来事が他の月でも書かれていますよ。
しかし山本耕史「土方歳三」カレンダーに、山南敬助切腹の出来事と月日が書かれているだけで嬉しい。そしてこのようなカレンダーがこの世に出ること自体、すごいし、新選組・山南ファン、また『新選組!』ファンとしては本当に嬉しい。もちろん、山本耕史ファンとしても。
本当に感謝です!

ただ今、仕事が凄まじい状況であり、明日も早いので、DVDの特典映像の観られるところまでこれから観て、残りはまたゆっくりと後日に観賞します。
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by eri-seiran | 2006-04-28 21:04 |  グッズ | Comments(4)

ちょっとした偶然

夕刻、無事に関西の我が家に帰着しました。

今日は、朝から小学時代からの友人ら3人でドライブして、そのまま空港まで送ってもらいました。愛しき友よ、ありがとう!

a0044916_21572893.jpgこれは富士山ではありませんよ。そんなこと分かりますよね(苦笑)
あいにく天気が悪く、雲がかかっていますが、薩摩藩の桜島です。
桜島に渡ったのは、何年ぶりでしょう。
西郷隆盛や有馬藤太など薩摩藩士らはもちろん、坂本龍馬もおりょうと一緒に見ただろうと思われる桜島です。今は大正時代の噴火で流れ出た溶岩によって大隈半島と桜島が繋がっていますが、江戸末期の頃は島でした。


a0044916_21575873.jpgそしてこれは、長渕剛さんが桜島にて行ったオールナイトコンサートを記念して、最近になって作られた桜島オールナイトコンサート記念モニュメントです。
これらについては、この友人らから噂では聞いていました。

そして今、このコンサートっていつに行われたんだろう?と、ふと思い、調べてみました。
なんとびっくり、2004年8月21日ですよ。
そうなんです。大河ドラマ『新選組!』の山南敬助@堺雅人の切腹の前夜ですよ。いや~オールナイトですので、22日の明け方まで行われたのです。
この頃の私は、落ち着かず、8月22日の20時が刻々と近付いてくるのを感じ、そして押しつぶされそうになっていました。
どうでもいいようなことなんですが、ちょっとした偶然に、ただ今驚いております。
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by eri-seiran | 2006-04-26 22:04 | 身辺雑記 | Comments(0)

『噂の男』の新たな情報

ただ今、お世話になっている堺雅人さんの某ファンサイトをチェックしたところ、『噂の男』の情報がアップされているということを教えて頂き、早速、チェックしました。

公演日、公演場所、チケットの前売り開始予定日などが決まったようです。詳しいことはこちらより
大阪公演は、予想通りに梅田芸術劇場のシアター・ドラマシティです。
去年の4月には、堺雅人さんの『お父さんの恋』を観に行きました。
また去年の8月には、山本耕史君の『The Last Five Years』が梅田芸術劇場のメインホールで公演され、足を運びました。そして今年の1月、三谷幸喜さんの作品『12人の優しい日本人』を観に行きました。どの舞台も、大河ドラマ『新選組!』に出合わなかったら、観に行くことはなかっただろうと思われる舞台ばかり。
そして無事にチケットが獲得できたら、今年の秋も梅田芸術劇場に足を運ぶことになりそうです。大阪の公演日は9月7日(木)~9月10日(日)です。

この記事を書きながらドキドキしておりますよ。堺さんの舞台を観れるということ、いや~その前にチケットをどうやって獲得するか、策を練らねばなりません。
それを考えてもドキドキ・・・
大阪公演のチケットの前売り開始予定日は、7月8日(土)ですよ。怠りのないように。

明後日から山積みになっている仕事に立ち向かっていかなければと考えていたら、モチベーションが下がってきていたのですが、この情報で一気に持ち上がりました。単純ですから(苦笑)
とにかくチケット獲得に向けて、みなさん、がんばりましょうね!
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by eri-seiran | 2006-04-25 16:39 | エンターテインメント | Comments(0)

温泉に入って、昼寝をして、土方モードの私

今日も滞在先の南国からです。
所用のために実家に帰ってきたので、それ以外は特に何もすることがなく、DSで脳を鍛えたり(笑)、TVを観たりと、ゆっくりと過ごしています。こんな忙しい時期にこんなことをしていてよいのだろうか?と思いながらも、仕方ない!帰ったら、仕事が山積み状態なのは覚悟の上です。

ただ今、滞在している町は、私が生まれ育った所です。この町を出て、遊学のために京へ向かったというわけです。山南敬助が遊学のために仙台藩を出て、江戸に向かったのと同じね(笑)
私は、それから数え切れないほど里帰りしていますが、山南敬助は仙台藩には一度も帰らなかったのだろうか?今ふと、そんなことが頭に浮かびました。まあ~仙台藩出身ということ自体が謎ですから(苦笑)

a0044916_15314842.jpga0044916_15333598.jpgここは小さな温泉町です。ということで、このように駅前には温泉に足をつけられる憩いの場があります。そして温泉卵も無人販売されています。
実家のお風呂も温泉です。はい、温泉に毎日入れるというわけです。
このことを関西の友人らに話すと、みんな驚くのですが、子供の時からそれが当たり前だったので、驚かれて贅沢なことなんだ~と、初めて気付いたという次第です。

昨夜は温泉にゆっくりとつかりながら、土方歳三のことを考えていました。戊辰戦争で北上途中、足を戦傷した土方。その傷を治療するために会津の東山温泉で湯治していた土方。温泉に入りながら、土方は何を考えていたのだろう?今後の戦いへの策?近藤の墓をどこに建てるか?何も考えず体を休めたり、そしてこれからのことなど色々なことを考えていたのでしょうか?

そして私はこちらに帰ってきて、よく眠れること。いつもは睡眠時間が短いほうなのですが、今日は8時間も寝ちゃいましたよ。さらに一昨日、昨日と昼寝もしています(汗)そこでです!
慶応3年(1867年)の秋、土方が日野に里帰りした時、日野本陣宿にある部屋で昼寝をしたと言われている土方。あ~土方もほっとしたんだろうな~一時の休息だったんだろうな~とか、わかるな~とか、何も考えず眠ったんだろうな~そんなことを考えたりするわけですよ。

そんなわけで山南ラヴの私ですが、今日はちょっと土方モードです。
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by eri-seiran | 2006-04-25 15:41 | 身辺雑記 | Comments(0)

南国で山南に関する夢を見て

南国の空港に着いた途端、「夏だ!」と、心の中で叫びました。
こちらは初夏です。私はただ今、少し早いゴールデンウィーク中と言ったところでしょうか?その代わりに、世間がゴールデンウィーク中は仕事です。

空港バスに乗って、約1時間半ほどで実家に着きました。
遅めの昼ごはんを済ませ、前日の夜、睡眠時間が短かったため、また乗り物の中で眠れなかったため、お昼寝タイムへ。

そしたら、こんな夢を見ました。
山南敬助が眠る光縁寺の京福電鉄の線路を挟んで隣にあるアークホテル京都に私が宿泊しているのです。そして部屋の窓から光縁寺の山南敬助のお墓が見え、訪れるたびにお話を聞かせて頂くなどお世話になっている住職がお墓のお手入れをしているのです。

そこで目が覚めました。
久しぶりに山南敬助に関する夢を見ましたよ。そして2時間以上も寝てしまいました(汗)
そしてどうしてこのような夢を見たのかと、しばらく考えていました。
一つ目の理由は、京の地を踏みましたが、「山南さん、これから南へ行って来ます」と、報告することを忘れていたため(苦笑)
二つ目の理由は、来月の5月13日から『ひの新選組まつり』に合わせて上京することになったのですが、宿泊先をどこのホテルにしようかと、迷っているから?今回は江戸にしようか?やはり日野の方が便利か?はい、本当に迷っています。
他にも思い当たる理由があるのですが、たいした理由ではないので、スルーします(苦笑)

こんな夢を見ると、あ~また呼ばれている?なんって、勝手なことを思っている私です。笑ってください。ほっといておいてください。
さて、夢に出てきたアークホテル京都ですが、「山南ファンなら一度は泊まるべき」という土方ファンの友人のアドバイスもあり、いつか泊まりたいと思っていたのですが、近いのでいつでも泊まれるという気持ちがあり、ここまでスルーしてきました。
こんな夢を見て、来年の命日あたりに泊まろうかな~と、考えております。今年の命日は行けませんでしたが、来年の命日は仕事の都合が付く限り行きますよ、山南さん。
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by eri-seiran | 2006-04-24 14:20 | 身辺雑記 | Comments(0)

これから南へ いざ出陣!!~大阪空港より~

これから所用で南へ。
先月に続いてです。
山南敬助が眠る京で、空港バスに乗り換え、大阪空港へ。休日で、名神高速道路が空いており、早々と空港に着きました。
そしてチェック・インを済ました後は、ショップへ。
休日だというのに、空港も空いています。今週末から来週にかけては、きっとすごい人ごみになるんでしょうね?
空いているので、いつもよりゆっくりとお土産などを見て回りました。
新たな新選組グッズを発見!
可愛いから、お土産と共に買っちゃいました。もちろん自分用です。
これでも大河ドラマ『新選組!』を観るまでは、保守的な新選組ファンだったから故か?グッズは避けてきたのですが、何をきっかけに変わるか、わからない(苦笑)

朝からの雨も止み、天気は回復してくるようです。
南国は天気もよく、気温は25度くらいまであがると、先ほど、南国に住む友人よりメールが届きました。
今日は、土佐藩が見えるだろうか?
それでは、そろそろ時間になってきました。

いざ出陣!!
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by eri-seiran | 2006-04-23 09:51 | 身辺雑記 | Comments(0)

上洛して約二ヶ月~文久3年4月下旬の経過と状況~

日が経つのは早く、つい先日、新年度がスタートしたと思ったら、もう3週間が経とうとしています。少しゆっくりのペースでスタートしたら、次から次に仕事が増えていき、大変な状況になっています(汗)

今日は、勝手に恒例としている上洛してからの山南敬助らの経過と状況です。
文久3年(1863年)2月23日に京に着いてから、山南敬助らにも色々なことが起きたわけです。そして私はただ今、大変な状況にありますが、同じ4月下旬、山南敬助らにはどのようなことが起き、どのような状況だったのかしら?

4月21日 将軍護衛のために、大阪に下る。(5月11日に帰京)

大河ドラマ『新選組!』では、この出来事を第20回の『鴨を酔わすな』で描いています。ドラマでは、近藤や土方らは大阪に下り、山南・総司・斎藤・平助が壬生に残って、隊士募集を行ったという設定になっています。史実では山南らも行ったようですが、この間に彼らは同志の募集も行ったという説もあるので、残って隊士を集める残留組シーンも描いたんですね。
改めてこの回を思い出すと、隊士募集グループにおいて、山南以外は試衛館派若手3人組ですよ(笑)
隊士募集は大好きなシーンの一つです。沖田総司@藤原竜也が仕事を放り出して、お梅@鈴木京香とお汁粉を食べに行き、山南敬助@堺雅人が焼きもちを焼く八木ひで@吹石一恵をフォローしてあげようとしたのですが、「沖田君は・・・」というひでちゃんの問いに答えられなくて困ってしまう山南。そこで聞いてなさそうで聞いていた斎藤一@オダギリジョーがズバリと言う。

「舞い上がっている」

また藤堂平助@中村勘太郎と山南敬助の絡みとか、河合耆三郎@大倉孝二と平助、そして松原忠司@甲本雅裕と斎藤の立ち合うシーンなど・・・もう笑える。あ~懐かしい。この頃は平和だったな~山南の「採用です!」も笑えたよな~

すみません!『NHK大河ドラマ 新選組!オリジナル・サウンドトラック第二集』によって、『新選組!』モードに入っております。
話を史実の方に戻しましょう。とにかく史実では先に述べたように、山南も大阪に下っています。近藤、土方、井上、沖田、芹沢、平間、そして山南は大阪に下ったことがわかる記録が残っています。きっと全員、行ったのではないでしょうか?またこの時、彼らがダンダラ羽織を着ていたという記録も残っています。
そしてこの大阪にいた間、彼らは同志の募集も行ったようです。これまでの間、隊士募集はやっていなかったという見解、一方で4月16日に黒谷本陣で演武を披露した時に、佐々木愛次郎など元々残留したメンバー以外の人が参加していることから、それまでに隊士募集をしていたという見解があるようです。

4月22日 井上松五郎が大阪在中の土方、源三郎、総司を訪ねる。

4月24日 壬生浪士組、家里次郎を殺害する。
       山南、芹沢ら雑魚を取って煮付け、酒宴を開く。


山南敬助、こんなこともやっていたなんって・・・大阪へ下って、将軍の護衛という大変な状況だったのでは?と思っていましたが、意外とのんびりしていたのね?
鵜殿系の家里は、殿内の殺害前後に京を去ったらしいですが、運悪く、大阪に来ていた浪士組らと会ってしまい、切腹させられたらしい。

将軍の護衛という大変な任務の中、意外なことをやっていた山南らの文久3年4月下旬の経過と状況でした。
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by eri-seiran | 2006-04-22 20:40 |  出来事 | Comments(0)

涙なしでは聴けない『NHK大河ドラマ 新選組!オリジナル・サウンドトラック第二集』

インターネットで予約した『NHK大河ドラマ 新選組!オリジナル・サウンドトラック第二集』が、発売日より1日早く届きました。
今日の夜、いや~もう昨日の夜です。さっそく、聴きました。
とにかく、とにかく充実した30曲です。
『新選組!』の名場面に使われた曲、また『新選組!!土方歳三 最期の一日』のために書き下ろした2曲、そして『新選組!メイン・テーマ』
大河ドラマ史上、初めての続編、そして放映から2年が経ってのサウンドトラック二集の発売ということはこれまでにないこと。
本当に『新選組!』は新たな大河の歴史を作ったわけですね。

『新選組!』の名場面に使われた曲では、それぞれのシーンが思い出されます。懐かしく、また切なく、哀しく・・・曲のタイトルを見なければ、或いは服部隆之さんの解説を読まないと、分からないものも幾つかありますが(汗)
山南敬助の切腹のシーンに使われた曲「山南切腹」。タイトルはそのままです。
切腹をする山南敬助@堺雅人、そして新選組のために死を選んだ友の最期をしっかり見届けようとする近藤勇@香取慎吾、土方歳三@山本耕史、介錯する沖田総司@藤原竜也たち、あの時の一人ひとりの顔が浮かんできて、涙が溢れ出てきました。
そしてこの曲を聴きながら、山南敬助の切腹のシーンをこんなに大切に描いてくれて、こんなに大切に思ってくれて、これは本当にすごいことだよな~と、そんなことを考えながら聴いていました。

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by eri-seiran | 2006-04-21 01:05 |  ドラマ/映画/舞台 | Comments(0)

草津宿~往来する彼らを見ていたウラジロガシ~

a0044916_2312245.jpg浪士組として上洛する時、山南敬助が村上俊五郎に烈火のごとく怒り出し、物を申したと言われている草津宿です。
昨日の記事に載せた桜の写真も草津宿の東海道に咲いていたものです。

これまで草津宿はそれほど知られていなかったと思います。
しかし大河ドラマの『新選組!』で脱走する山南敬助@堺雅人が草津を目指したことから(たどり着けなかったけれど・・・)、また『新選組!』を観て新選組や幕末などのファンになった人もいることから、2003年までよりは少なからずとも知名度は上がったのではないでしょうか?

a0044916_233365.jpg草津宿の東海道沿いに立木神社があります。昨日、初めて行ってみました。
この神社を横目にしながら、文久3年(1863年)の2月、山南敬助は試衛館派のメンバーと共に京に向かったのです。その後、元治元年(1864年)の禁門の変の後に藤堂平助、同じ年の秋に近藤勇、永倉新八ら。元治2年(慶応元年・1865年)の春には、土方歳三と斎藤一ら。慶応3年(1867年)の秋には、土方歳三と井上源三郎らが歩いたのです。
文久3年2月の上洛以後、再び、この地を歩けなかったのは、試衛館派では、沖田総司、原田左之助、そして山南敬助の3人というわけです。しかし総司と左之助は慶応4(1868年)の冬、船で江戸に帰りました。一度も帰れなかったのは、山南だけです。
そしてこの神社には、樹齢300年以上と言われているウラジロガシの木があります。写真の木がそうです。樹勢の衰えが目立ち、枯死寸前の状態にあります。この木は彼らが江戸から京へ、そして京から江戸への往来する姿を見ていたのです。そんなウラジロガシの木、元気になってほしいものです。
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by eri-seiran | 2006-04-19 23:12 |  ゆかりの地 | Comments(0)

山南敬助をメインにしたブログです。ホームページ『山南敬助 赤心記』共々よろしくお願い申し上げます。


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