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平成19年(2007年)3月11日は山南忌

今年の春頃、来年の3月に山南忌(さんなんき)を開催するという計画があることは聞いていたのですが、まだ公式な発表ではなかったので・・・
もしかして総司忌あたりで公式に発表されるのでは?という予感がしていました。その予感が当たったようです。

旧前川邸の現在の持ち主であり、旧前川邸を大切に思い、保存に力を入れている田野氏より、総司忌にて、山南忌の開催についての発表があったそうです。
総司忌にて、公式に発表ということで、またもや色々な思いが巡るわけです。
総司は山南を兄のように慕っていた、山南は総司を弟のように可愛がっていたと云われていること。また脱走した山南を追い、山南の切腹時の介錯をしたと云われている総司。そして山南は江戸・多摩に帰ることなく、京で眠っています。総司は江戸に戻り、再び京を訪れることはなく、江戸で眠っています。約140年の年月を超えて、総司と山南が巡り会ったような気がしてなりません。

山南忌の開催は、平成19年(2007年)3月11日(日)の予定。
山南敬助の旧暦での命日は2月23日。新暦での命日が3月20日になります。3月11日になった詳しい理由はわかりませんが、以前、お話を伺った時には、新暦での3月20日になると、春分の日あたりで、住職さんも忙しい時期だから・・・ということでした。

山南忌は、以前、開催されていた時があったようです。しかしどのような事情があったのか、わかりませんが、公的な山南忌は開催されなくなり、今に至っています。
ここ数年、総司忌や歳三忌、また龍馬忌などはあっていいな~と羨ましく思ったり、嫉妬したりしていました。
だから山南忌の開催については、本当に有り難く、嬉しく思っています。
さんなんけいすけという読み方をすると、わたしの中ではちょっと違和感を感じるのですが、さんなんきは、すごく響きがいいでしょう?

去年、今年と、これは史実の山南敬助との邂逅の場なのかな~と思える機会に巡り合い(自分で勝手にそう思っているだけです)、来年の山南忌がそんな場になるのだろうか?と、またもや勝手なことを考えています。
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by eri-seiran | 2006-06-30 13:38 |  イベント | Comments(0)

天保は優れた人材の宝庫?

山南敬助と桂小五郎が同じ天保4年(1833年)生まれであることに、改めて気付いたり、河上彦斎がちょっと気になりだしたら、倒幕派の主な志士の方たちの生年が気になり、調べてみたくなり、ちょっと時間がある時に調べてみました。私の中でもよくわかっていない人たちもいますので・・・

以前、試衛館派のメンバーについては、土方の誕生日と言われる5月5日の記事で挙げましたが、改めて試衛館派のメンバーと共に、幕末の志士たちの生年と、山南が亡くなった年である慶応元年(1865年)の時の年齢を書き出してみますね。幕末の志士たち全員を挙げたら限がありませんので、それなりに有名な方、私的に気になる方、限定にさせて頂きます。それから脱藩された方もいらっしゃいますが、新選組と幕臣以外は、出身地の藩で挙げておきます。

文政 6年(1823年) 43歳  勝 海舟(幕臣)
文政10年(1827年) 39歳  西郷隆盛(薩摩藩)
                    芹沢 鴨(新選組)
文政12年(1829年) 37歳  井上源三郎(新選組)
                    武市半平太(土佐藩)
天保 2年(1830年) 36歳  清河八郎(出羽藩)
                    大久保利通(薩摩藩)
                    吉田松陰(長州藩) 1859年に死去
天保 3年(1832年) 34歳  大鳥圭介(幕臣)
天保 4年(1833年) 33歳  山南敬助(新選組) 天保7年説あり
                    桂小五郎(長州藩)
                    佐々木唯三郎(幕臣)
天保 5年(1834年) 32歳  近藤 勇(新選組)
                    河上彦斎(肥後藩)
                    橋本左内(越前藩) 1859年に死去  
天保 6年(1835年) 31歳  土方歳三(新選組)
                    伊東甲子太郎(新選組)
                    坂本龍馬(土佐藩)
天保 7年(1836年) 30歳  榎本武揚(幕臣)
                    山岡鉄舟(幕臣)
天保 8年(1837年) 29歳  有馬藤太(薩摩藩)
天保 9年(1838年) 28歳  岡田以蔵(土佐藩)
                    中岡慎太郎(土佐藩)
天保10年(1839年) 27歳  永倉新八(新選組)
                    高杉晋作(長州藩)
天保11年(1840年) 26歳  原田左之助(新選組)
                    久坂玄瑞(長州藩) 1864年に死去
天保12年(1841年) 25歳  吉田稔麿(長州藩) 1864年に死去
天保13年(1842年) 24歳  沖田総司(新選組) 天保15年説あり
天保15年(1844年) 22歳  斎藤 一(新選組)
                    藤堂平助(新選組)
                    伊庭八郎(幕臣)

   参考文献:『幕末維新 新撰組・勤皇志士・佐幕藩士たちのプロフィール』
                                  (新紀元社)

私って、なんて暇な人間なんだろう(苦笑)現実には、こんなことを調べて書いている状況ではないのですけれど・・・現実逃避です(汗)いや、自暴自棄?
新選組の他のメンバーや他にも捨てがたい志士たちがいるのですが、挙げだしたら限がありませんので、この辺りでご勘弁ください。

吉田松陰って、もう少し年齢が上、勝海舟と同じくらいだろうと、勝手に思っていました。武市半平太より若かったとは、ちょっと驚き。武市がもう少し若いという勘違いもしていました。岡田以蔵にしても、もっと若いというイメージが私の中にはありました。
また伊庭八郎は、もう少し年齢が上であるというイメージを持っていました。イメージだけではダメですね。ちゃんと調べないと。
そしてやはりこの幕末の志士たちの中においても、若い斎藤と平助。他にも同じくらいの年齢の志士たちはいるようですが、私の中ではインパクトがなかったり、幕末ではそれほど表舞台には立たず、明治になってから表舞台に出てきたという感じの方々であり。そう考えると、斎藤と平助って、凄いよな~って改めて尊敬のまなざし。

そして天保は優れた人材の宝庫?と、思わずにはいられません。時代が大きく変わろうとしていた時に彼らが生まれ、変わっていく時代の中で、少年・青年時代を過ごしたからこそ、天保は優れた人材の宝庫とも言えるのでしょうが、そればかりでもないような気がします。天性の質もあったのだろう。それを発揮できる時代に彼らが生まれた。
そしてこの時代に彼らが生き、自分たちの信念を通したからこそ、波乱の幕末があり、今の時代があるんだよな~
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by eri-seiran | 2006-06-28 22:42 | 歴史 | Comments(0)

芸術の秋は舞台観賞

食欲の秋 or 芸術の秋と言われますが、今年の秋はどうも芸術の秋、それも舞台観賞になりそうです。もちろん、食欲の秋にもなる予定です(笑)
それにしても秋の舞台だというのに、なんでこんな時期から必死にならなければならないんだろう。先行予約のチケットが抽選に当たったか、当たってないか、ドキドキして、まあ~大変ですよ。また当たらなかったら、次の策を練り、燃えてきますし(苦笑)

9月からの舞台観賞の予定はこんな感じです。

『志の輔らくご by PARCO Tour 2006』 
『噂の男』
『オレステス』

以上は、梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティーにて。

『tick,tick…BOOM!』については、詳しいことは未定。

上記の3件についてもチケットが獲得できていないものもあり、まだ観賞できるか、分かりませんが、とにもかくにも、どの舞台も『新選組!』に出会わなかったら、また堺雅人さんが山南敬助を演じていなかったら、そして山本耕史君が土方歳三を演じていなかったら・・・観に行くことはなかったと思います。ええ~志の輔さんの落語も。
そりゃ~『新選組!』を観て、堺雅人さんや山本耕史君のファンになったということもありますが、日本の演劇界に、優れた役者たちがいることを教えられ、そして日本の演劇界にはまってしまったという感じです。
『新選組!』の影響によって、今年の秋は舞台観賞になるというわけです。
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by eri-seiran | 2006-06-27 23:55 | エンターテインメント | Comments(0)

『スタジオパークからこんにちは』のゲストは旅人・フリーサッカー選手

今日の『スタジオパークからこんにちは』のゲストは、『街道てくてく旅 東海道五十三次完全踏破』の旅人・岩本輝雄さんでした。冒頭は『街道てくてく旅』のテーマソングとその映像、そして旅の時に背負っていたデーパックを背負った岩本輝雄さん本人が登場すると、スタジオにいらっしゃったみなさんから『おかえりなさい』という言葉と共に迎えられました。
そのシーンに思わずジーンときてしまいましたが、そのジーンも次のシーンで吹っ飛んでしまいましたよ。
『スタジオパークからこんにちは』の司会者が渡邊アナウンサーではなく、有働アナウンサーではないか?えっ!渡邊アナウンサーはお休み?いや、男性の後藤アナウンサーもいない。男性も新しい方だ。と言うことは、替わったんだ。
いつから?普通は4月からだよね?そしたら私は4月から『スタジオパークからこんにちは』を観ていなかったということ?いや~最近観た。それも渡邊アナウンサーの司会だった。あれは・・・去年の12月、『新選組!!土方歳三 最後の一日』に大鳥圭介役の吹越満さんがゲストで出演した時に録画したまま、未だに観られずにいて、もう半年が経つ最近、やっと観たのでした。今頃、観ても意味がないかな~と思ったのですが、最近、ちょっと気になっている役者さん。しかし『新選組!!』で初めて知って、その後もドラマ1本、映画1本でしか観たことがなかったので、どのような方なのか、知りたく・・・この方の素を観られて、色々知ることが出来てよかった。
と言うことで、この4月から『スタジオパークからこんにちは』を観ていなかったということが判明しました。渡邊アナウンサーと言えば、2004年大河ドラマ『新選組!』に出演なさった役者さんたちがゲストの時、色々なやり取りが面白く、楽しかったことが忘れられない。そうそう、2004年に渡邊アナウンサーの毒舌(?)をフォローしたり、爆走するの止めたりして良いコンビだったウルフこと吾妻アナウンサーが福島放送局に転勤になったこともしばらく知らなくて・・・いつも出遅れています(汗)

話しが大分ずれましたが、本日の主人公・岩本輝雄さん、自称はフリーのサッカー選手。
私はこの方のサッカーをプレーしているところを観たことは多分あるだろうと思うのですが、覚えていない。今日、この方のJリーグのチームに所属して、活躍していた頃の映像が流れました。この方、Jリーグの中でも屈指のフリーキックの名手なんだそうです。知らなかった(汗)その華麗なるシュートの数々も映像で流れましたが、そりゃ~綺麗でしたよ。歴史に残る、まだ未だにJリーグ史上最高のシュートではないか?と云われている40メートルからのフリーキックのシュート。本当に見事なシュートでした。

この方は足の故障で、ただ今、どのチームにも所属せず、しかし引退はしておらず、だからフリーのサッカー選手というわけです。
旅が始まるまでは、片足でジャンプが出来なかったり、縄跳びも出来なかったそうですが、この旅を終えてから、これらができるようになり、足の痛みが殆どなくなったらしい。旅が始まるまではサッカーができる状況ではなかったと。だから奇跡が起きたらしい。これまで所属していたJリーグのチームが全て旧東海道にあったのも、何かの因縁だったのでしょうか?この旅には感謝していると仰っていました。
私も感謝していますよ。この番組と岩本輝雄さんには。日本の歴史ファンとして観始めた番組でしたが、もちろんそれは大きかったです。しかしそれ以外に、人の優しさとか、諦めないこととか、色々と教えられました。元気をもらいましたよ。

足を故障している方が、毎日、2ヵ月半かけて500キロ近く歩いて、足が治るというのも不思議な感じですが、良いリハビリになったんでしょうか?当然、この仕事を引き受けるにあたり、ドクターにも相談して、OKをもらった上でのことでしょうから、リハビリという要素はあったのでしょうか?歩いた後は、毎晩、足首の治療を行なっていたそうです。マッサージをしてもらいながら、眠ってしまったそうです。そしてこの旅を通じての沢山の色々な出会いも大きかったようです。そうだよね~出会いって大きいよね~
また自分がサッカー選手として求められていることを感じた。サッカー選手として続けていきたいという気持は強くなったらしい。その一方で足の痛みもあるので、悩みながら歩き続けたとのこと。そして三条大橋にゴールして2日後、フットサルをしたところ、足の痛みが少なくなっていた。ジャンプも出来る、縄跳びもできる、もしかしたらサッカー選手としてプレーができるのではないかという気持になってきたとのこと。
旅の途中で、自分自身が変わっていくのがわかってきたそうです。それは表情などから、観ている側にも伝わってきました。
後半の方は、特に良い笑顔していたもん。三条大橋にゴールした時の笑顔は最高だった。
今は、コンディションを整え、前向きに考えていくようです。

頑張れ、岩本選手!あなたのフリーキックを観たい。
これからは、サッカー選手としてあなたがグランドに立つ日を待っています。
サッカー選手としてのあなたを応援しますよ。

因みに今夜の22時45分から23時28分まで、NHK総合で、『街道てくてく旅 東海道五十三次完全踏破・総集編』が放映されるそうです。
また岩本輝雄さんのオフィシャルサイトはこちらより
東海道五十三次完全踏破を達成する前日、DIARYに本人からのメッセージが書き込まれています。
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by eri-seiran | 2006-06-26 19:52 | エンターテインメント | Comments(2)

日曜日の朝 新選組ゆかりの地巡り

『新選組!』or 『新選組』による京都市の観光客数と経済効果についての記事を書いた日の夜、さっそくまたもや京都市へ。
新選組の第二の屯所界隈に住む友人宅に泊りかけて遊びに行ってきました。目的は、食べて飲んでおしゃべりして、ストレス発散。
この友人は新選組ファン・幕末ファンではありません。この界隈に住むようになって半年。住むことが決まった時、わ~いいな~私なら、その後、西本願寺の警備員となり、その近くに住んだ島田魁になった気分で住みそうと思いましたよ。昨日の夜は、心地良い酔いもあり、京の風にあたりながら、この近くで亡くなった平助のことを考えていました。

そして今朝、朝に弱い友人ですが、朝からの私の散歩に付き合ってくれました。
散歩と言うより、新選組ゆかりの地巡りです。
巡った順番は、本光寺→油小路の辻→西本願寺(第二の屯所)→不動堂屯所跡(第三の屯所)です。
友人が本光寺の前をよく通っているものの、こちらに住むようになってしばらくは気付かなかったと言うように、私も初めてここを訪れた時には、通り過ぎてしまいそうになりましたよ。ここで、本光寺について友人に解説する私。

a0044916_2215588.jpg西本願寺は、とてもとても久しぶりでした。京都に住んでいた学生時代以来かもしれません。北集会所(現在の参拝会館辺り)と太鼓楼を新しい屯所として、壬生から引っ越して来ました。これが太鼓楼です。あ~ここには山南敬助はいなかったんだ~(涙)
この西本願寺への移転に反対したが、近藤に受け入れてもらえなかったために、自刃したとも云われている山南敬助。あ~これについても色々と解釈がありますが、今回はスルーします(汗)


a0044916_22162972.jpgそしてこれが第三の屯所となった不動堂屯所跡です。リーガルロイヤルホテルの正面にある近藤勇の歌を刻んだ石碑には、初めてお目にかかりました。以前はこんな物はなかったよな~と思っていたら、平成15年(2003年)6月に建立されたそうです。大河ドラマ『新選組!』が放映される半年前です。『新選組!』の放映が決定したことによって、建立されたのだろうか?

静かな日曜日の朝、約1時間程度の新選組ゆかりの地巡りでした。
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by eri-seiran | 2006-06-25 22:29 | 身辺雑記 | Comments(0)

『新選組!』 or 『新選組』による観光客数増加と経済効果

先日、関西の地元新聞で、2005年の京都市の観光客数について取り上げられていた。
2005年は、5年連続最多の4727万人だったそうです。その要因としては、『愛知・地球博』の波及効果、『義経』ブームや三大祭が休日であったことが挙げられていましたが、いえいえ、『新選組!』の余韻もありましたよと、新聞を読みながら心の中で呟き、そして去年の今頃は、

京都市の観光客数、4年連続最多
『新選組!』ブーム


という見出しが新聞に載ったんだろうな~と思いました。

確かに2005年、『義経』ブームはあった。2004年の観光客がそのまま壬生界隈から鞍馬・貴船に移動したとも言われた。しかし、壬生界隈と鞍馬・貴船の両方を観光する人たちも多いとも聞いた。また2004年は観光客が多いだろうから、2005年になってから新選組ゆかりの地を巡りたいと言っている人たちも少なくないという話しも聞いた。
私自身、2004年、よく訪れましたが、2005年も関東から来た友人らと新選組ゆかりの地めぐりをしたり、一人でも壬生界隈に何回も足を運びました。2004年に比べるとずいぶん減少したようですが、それでも2004年以前よりは観光客は多い。特に土日など。
そして2005年の12月24日、『新選組!!土方歳三 最後の一日』の山本耕史君と片岡愛之助さんのトークショーなんか、思いっきり、観光客数の増加に貢献していますよ。

2004年の京都市の観光客数はどのようなものだったのか、ちょっと知りたくなり、調べてみました。こちらより
4554万4000人だそうです。
また山南敬助の墓参りだけの場合でも観光客数に入るのだろうか?と、疑問でしたが、どうも入るらしい。あ~私も貢献しているんだ。
そしてこんな興味深い『新選組』経済効果についての記事もありました。
これについては、以前から思っていました。『新選組!』 or 『新選組』による経済効果ってあるよな~と。
新選組に関する5施設の来客は、前年より48.5%増ですって。この数字には正直驚きましたよ。
今までが少なすぎたのだろうか(苦笑)

私も京都市に限らず、江戸・多摩・会津などにおいて、色々と貢献した一人だよな~
今でも続いていますけれどね(苦笑)
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by eri-seiran | 2006-06-24 14:53 | 身辺雑記 | Comments(0)

最後まで諦めず

1994年のワールドカップ・アメリカ大会のアジア地区予選(1993年)、必死で応援していました。ドーハの悲劇、サッカーファンではありませんでしたが、ショックで眠れなかったことを覚えています。
1998年のワールドカップ・フランス大会、1次リーグ戦で日本が敗退した後は、フランスチームを応援して、トーナメントにおけるフランスの試合は全て観て、ワールドカップ終了後はフランス優勝やワールドカップに関する雑誌まで買いました。
2002年のワールドカップ・韓国・日本大会、日本とフランスを応援していましたが、フランスが予想外の1次リーグ敗退。そしてトーナメントで日本敗退後もそれなりに観ていました。
そして2006年のワールドカップ・ドイツ大会、これまでより、ゆるーりと、観ております(汗)多分、トーナメントから盛り上がってくるだろうと思っています。

昨夜、テレビをつけたら、NHKで『2006FIFAワールドカップ デイリーハイライト』という番組をやっており、夕食を取りながらゆるーりと、観ていました。
司会の方が、『岩本さん、・・・』という質問に答える懐かしい声。
そうです!ゲスト出演が、『街道てくてく旅』の旅人の岩本輝雄さんでした。彼の本業は、旅人ではなく、サッカー選手です。
思わず、キャーでしたよ。それまで土日を除いて、毎日のように会っていたので、久しぶりに会えて嬉しかった(笑)そして山南敬助に関することよりも、『街道てくてく旅』に関する記事が多かった先週。まあ~私の山南や、試衛館派のメンバーたちが歩いた道を歩いてくれたこの方に託していたところもありましたから、そりゃ~わたしの中で上昇中ですよ。
旅が終わってから、まだ1週間も経っていないのに、なんかとても懐かしく感じました。そして元気そうで、安心しました。

話しが少しずれましたが、いよいよブラジルとの対決ですね。
ごめんなさい。ゆるーりと観ておりますが、トーナメントに進んでほしいと思うのは当たり前。
朝には強い方ですが、仕事のことを考えると、4時に起きて観るのは辛い。
ということで、リアルタイムで観られません。リアルタイムでの観賞について、私は諦めますが、日本代表、最後まで諦めず、前向きにベストを尽くしてほしいものです。それが良い結果に繋がることを願っています。
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by eri-seiran | 2006-06-22 23:00 | エンターテインメント | Comments(0)

両副長の月命日は20日

新暦での土方の命日が6月20日ということを、この方の記事で知りました。
そうです。土方の新暦での命日は昨日だったのです。旧暦での命日は覚えていても、新暦での命日についてまで、山南以外は知りたいという欲に欠けていました。すみません!
しかしこれで土方についてはしっかりと覚えましたよ。
新暦での山南敬助の命日が3月20日。この20日という月命日が同じであるということは偶然のなにものでもないわけですが、何かを感じずにはいられないと言う訳です。

昨日が新暦での土方の命日であることを知らなかった昨日の午前中、私はまたもや所用で、偶然にも大津宿がある浜大津にいました。
『あ~ここに来ると何かを感じる、感じる。山南は、やはりここで琵琶湖を見ていたに違いない。』
湖岸を車で走りながら、そんなことを考えていました(苦笑)

前回、大津宿に行ったのが、旧暦での総司の命日。
そして今回が、新暦での土方の命日。
これも、やはり偶然なんだろうか?

そして先日の日曜日の6月18日には、専称寺にて第32回総司忌が行われたようです。
正直言って、第32回という数字に驚きましたよ。一度、行ってみたいな~
総司忌に参加してみたいというよりは、沖田総司の墓参りがしたいと、思っています。
その機会は、この総司忌の時のみ。年に一度だけです。
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by eri-seiran | 2006-06-21 19:41 |  同志たち | Comments(0)

人気キャラクター9位ですよ、山南敬助

昨日、プレステのゲームソフト『風雲 幕末伝』に関する記事を書き、このゲームソフトの公式サイトをリンクさせるために覗いたところ、びっくりしました!キャーでしたよ。
このゲームソフトに登場するキャラクターの人気投票が発売日(2005年1月20日)と同時に行なわれ、それから約1ヵ月後の2月にその結果が発表されているではありませんか。史実の佐幕派・倒幕派の志士たちオールスターキャストであるゲームソフト。そんな状況の中での人気キャラクターベスト10位以内に、なんと新撰組のメンバーが5人も入っているんですよ。この『風雲 幕末伝』の佐幕編のフィクションの主人公(新撰組の隊士)も入れたら6名です。そしてなんとなんと山南敬助が9位ですよ。9位!!詳しい投票結果はこちらより

『風雲 新撰組』が先にあり、その後、この『風雲 幕末伝』が発売されました。だから『風雲 新撰組』にはまり、続いてこれにはまった方々が多いのではないかと思われます。はい、私もその一人です。またこれが発売されたのが、2005年1月20日でございます。そうです。2004年の大河ドラマ『新選組!』の嵐の余韻がまだ残っていた時期でもあり、そんなこんなで、新撰組のキャラクターの人気が高いのではないかと思われます。山南敬助@堺雅人の影響も大きかったのは、言うまでもないでしょう。ビジュアル的にはかなり違いますけれどね(苦笑)

またこのゲームソフト自体、大河『新選組!』の影響を受けているのではないかと、思わず考えてしまいますよ。何故ならば、『風雲 新撰組』では、山南敬助は登場するものの、同行はできなかった。任務についてのアドバイスは頂きましたけれど・・・しかし『風雲 幕末伝』では、山南と同行できるわけですよ。これはとてもとても嬉しかった。そして『風雲 新撰組』では、登場もなかったのでは?と思われる、井上源三郎も同行できる。

後、山南ファンとして嬉しいのは、山南が禁門の政変に参加できない理由も史実通りの設定になっていますし、脱走・切腹も近藤や土方との不仲が理由ではありませんし、主人公は山南の死後、山南が選んだ死について考え、悩みながら、生きていきますし・・・ありがとう!!

とにかく1位の沖田総司、わかります!わかります!!あの沖田総司はいい。こんな沖田、映像で、どなたかに演じて頂きたいものです。

2位が土方歳三。鬼の副長は、じわじわ上がってきて2位になったらしいですよ。

3位が坂本龍馬。この坂本龍馬も男前でなかなか良いですよ。

4位が佐幕編の主人公である秋月小次郎。この主人公がまたいいんですよ。箱館まで土方に付いて行く。色々と悩みながらも最後まで義を通す秋月小次郎。この方、会津藩士で、大鳥圭介と合流し、宇都宮や会津で戦った秋月登之助がイメージとしてあるのかな~と私的には思いました。土方は、これらの戦いの時、登之助のもとで参謀を務めたらしい。年齢や実践経験からも土方の方が上であったわけですが、会津藩士の登之助を立てたようです。この秋月登之助、会津戦争後、消息不明になっております。因みに倒幕編の主人公は、宮本宗助。もちろん、フィクションの人物ですが、倒幕派なものですから、土佐、長州、薩摩の志士たち、あちらこちらに付いて行き、最後は亡くなった坂本の夢を果たそうとします。

5位は藤堂平助。この平助も可愛いんだ~ちょっとやんちゃな青年って感じで。油小路の変では涙でしたよ。

6位は斎藤一。渋すぎます。大人すぎます。ビジュアル的にも内面的にも。平助と同じ年齢には見えない。会津での土方と秋月との別れは、涙でした。

7位は岡田以蔵。人斬り以蔵。この以蔵もかっこいいです。10位以内に入るのはわかるな~

8位の高杉晋作。ちょっとこれは私の中では意外でしたが、高杉と主人公の宮本との別れのシーンはジーンときちゃいましたよ。

そして私にとって一番意外で、びっくりして、とてもとても嬉しかった9位の山南敬助(笑)投票してくださった方々、ありがとうございます。それ以上言うことはありません。

10位は河上彦斎(かわかみげんさい)でした。人斬り彦斎。肥後藩士で佐久間象山を暗殺した方です。新撰組のメインのキャラクターは、前回の『風雲 新撰組』のキャラクターと同じなので、今回の『風雲 幕末伝』では、キャラクターそのものについての驚きや感動はなかったのですが、倒幕派においては、河上彦斎と岡田以蔵はちょっとキャーでした。そして以蔵については知っているものの、この方については詳しく知らなかったので、ちょっと調べてみましたよ。この方も波乱の人生を送っているんですね~最後まで自分の信念を通し、明治4年(1871年)に斬首されております。

さて、ここで私なら誰に投票するかと考えてみましたが、山南敬助であることはわかっていますので、山南以外でとなると、やはり総司かな~倒幕派の中では?と言われると、河上彦斎でしょうか?この方について、もっと詳しく調べたくなってきましたよ。

とにもかくにも、小説やコミックでも大切に描かれるようになってきた山南敬助、そしてゲームソフトでも大事に描かれ、人気キャラクターの9位に入るなんって、夢のようでございます。
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by eri-seiran | 2006-06-20 17:52 |  コミック/アニメ/ゲーム | Comments(0)

『風雲 幕末伝』~余技編・挑戦~

プレステの『風雲 幕末伝』には、本編以外にも楽しめるものが色々とあります。
その中でも余技編の挑戦は、思わず夢中になってしまいます。
どのようなものかと申しますと、5種類の任務があります。討伐・殲滅・突破・強敵・百人斬りで、いかに良いタイムを出すかというものです。本編では主人公が決まっており、同行する人物も佐幕編であれば、新選組の決められたメンバーの中からしか選べなかったり、任務によっては同行できるメンバーも決まっていたりします。しかしここでは本編や余技編の偉人禄で色々な条件をクリアすることによって、佐幕・倒幕関係なしに、プレイする主人公や同行者を選択することができるのです。またこれには一人で行なう単独プレイと、二人で行なう協力プレイがあります。

単独プレイの場合、もちろん私が選ぶのは山南敬助ですよ(山南の場合、本編の佐幕編で「山南敬助追跡」をクリアすれば、選択可能)。そして強敵は同行者を選ぶことができませんが、それ以外は同行者を3人まで選ぶことができます。かなりの回数やりましたが、私が好きな同行者の組み合わせは、土方・総司・左之助です。土方と総司は自分が山南である以上、なぜかこの2人と一緒に行きたいという、拘りなのか、義務感なのか。4人目は、正直言って誰でもいいのです。斎藤でも、新八でも、平助でも。色々なパターンでやりましたが、4人目を左之助にした方が、良いタイムが出るのです。
しかしです。やはりゲームですね~主人公がへまをしたり、また活躍すると、土方も総司も左之助も本編と同じ台詞を言う。相手が総長・山南敬助であろうと。本編の主人公は平隊士ですから。
へまをすると、土方は「何をしている!」、「邪魔だ!」、左之助は「ぼさっとするな!」、
総司は「大丈夫ですか?」
活躍すると、土方は「まあまあだな~」、左之助は「やるじゃないか」、総司は「すごい!すごい!」
総司のキャラ、大好きです!そして土方さん、素直に「やるではないか」と、認めなさいよ(笑)
だからこっちも言うんです。危ない時、「土方、何しているのよ」、「総司、すごい!すごい!って、言っている場合じゃないよ」、「左之助、助けてよ!」とかね(笑)

さて、今まで単独プレイしかトライしたことがなかったのですが、初めて二人で行なう協力プレイにトライしました。協力してくれたのは、この手のゲームを得意としますが、『風雲 幕末伝』は初めてだという方です。
しかしさすがに覚えるのが早く、上手い。
協力プレイでは、それぞれが一人ずつ選び、二人で協力してプレイします。だから単独プレイの四人より二人減るので、きついものがあります。その代わりに本当に協力してプレイできるわけです。
もちろん私は、山南を選択。そして我儘な私です。相手に「平助を選択して」「斎藤を選択して」「土方か、総司を選択して」と、お願いするわけです。
討伐・殲滅・突破は成功しましたが、強敵と百人斬りはかなり厳しく、何回か、挑戦したものの、失敗に終わりました。
強敵には、次から次へと本当に強敵が出てきます。何故か、新選組のメンバーが多い。単独プレイの時は、相手も一人ですが、協力プレイの時は相手も二人。平助と源さん、芹沢と新見、新八と左之助など。プレイしながら、「平助ごめん!源さんごめん!」、「新八ゴメン!左之助ゴメン!」と、叫びながらやっていました(苦笑)
この時に協力者が左之助でプレイするのがやりやすいと言って、左之助を選びましたが、それでも強敵の対戦として左之助が出てくるんですよね~左之助が左之助と戦っていました。

プレステをやり始めて、約1年位でしょうか?
簡単にセーブができないこと、一度クリアしても楽しめるものがあること、どうしても夢中になってしまうことがあること、夜にやりすぎると寝つきが悪くなること等など、色々なことがわかり、この手のゲームが好きな子どもたちを相手に仕事をしている私にとっては、勉強になりました。
そして子どもたちも知ったようです。時には、このゲームの相手をすれば、この人は、ゲーム中はうるさいけれど、その後はしばらく機嫌がいいぞと(笑)
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by eri-seiran | 2006-06-19 17:52 |  コミック/アニメ/ゲーム | Comments(0)

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