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新選組の全てを見ている斎藤一@オダギリ

昨日、史実の斎藤一について記事にしたら、『新選組!』の斎藤一@オダギリについて語りたくなった。
2~3日前、橋本じゅんさんが演じる広岡子之次郎を改めて観たくなり、第4回『天地ひっくり返る』を観ました。すごい!橋本じゅんさん。舞台『噂の男』で、強烈なキャラクターのモッシャン@橋本じゅんを観た後に、この広岡子之次郎@橋本じゅんを観るとすごい!すごい!!
近藤勇@香取慎吾、芹澤鴨@佐藤浩市、山口一@オダギリより前に出ず、しかしキーポイントとなる一介の水戸の浪士を見事に演じている。広岡子之次郎を初め、一介の浪士らが起こした桜田門外の変は、山南敬助@堺雅人、近藤勇@香取慎吾、芹澤鴨@佐藤浩市らを動かしたんですから。
この橋本じゅんさん演じる広岡子之次郎の死によって動き出すということを堺雅人さんも仰っていました。桜田門外の変の悲惨な現場にて、山南敬助が近藤に語りかけるシーンも良い。
今、『新選組!』で一番好きな回は?と尋ねられたら、この回を挙げるだろう。山南敬助@堺雅人が試衛館を訪れ、帰ろうとしたところを止める土方歳三@山本耕史とのやり取りのシーン。このシーンもとても深い。また斎藤一@オダギリが近藤や芹澤と出会うシーン。
そして広岡子之次郎ら一介の浪士たちが起こした桜田門外の変。そこに立ち合った山南敬助、近藤勇、芹澤鴨。第4回は好きな回のひとつであり、そしてその後の新選組を作るきっかけとして重要な回であったことは分かっていたのですが、なんか改めてすごい!と思った次第です。

さて話しを斎藤一@オダギリに戻しましょう。
先月の江戸にての座談会でも話題になったのですが、斎藤一@オダギリは良い。とてもとても良いと。
彼は新選組のすべてを見ているのです。そして知っているのです。

試衛館派が清川八郎を暗殺しようと見せかけ芹澤派をだましていること。
禁門の政変にて、土方が山南に近藤のために修羅の道を歩くことを決意したことを伝えているところ(それは土方が山南も修羅の道へ誘っているんだと思われる)。
試衛館派のメンバーが芹澤派粛清を考えていること。
芹澤が命を狙われていることを知っていること、そして芹沢が生きたいと思っていること。
山南・土方・左之助・総司が芹澤暗殺に行くところ。
土方が古高をどのような拷問で白状させたかということ。
永倉らの近藤批判。
松平容保公の前で、近藤が永倉らに謝り、和解したこと。
山南が脱走しようとしているところ。
山南の脱走を知った近藤・土方が心の内で山南を逃したいと思っているところ。
岩木升屋事件にて土方が斬られそうになった山南を助けたこと、そして本当の二人の関係。
山南の切腹。
松原忠司がどのようして女に惚れ、そして死ぬことになったのか。
山南を切腹させた以上、一切の例外は認められないと、本当は避けたいのに河合に切腹を命ずるしかなく、山南を死なせたことを未だに苦しんでいる土方。
間者として御陵衛士に加わる際、土方が平助だけは守りたいと思っていること。
源さんの死。
土方が新選組として一番良かったと思っている元治元年(1864年)の秋の編成表を隠し持っていること。
永倉や原田が近藤と袂を分つ時。
そして何故、土方が会津を去り、北上して行ったかということ。

挙げたら限がありませんので、私が書きながら思い出したところ、またキーポイントとなるところだけ。
『新選組!!』では、会津に残ったその後の斎藤については描かれていませんが、三谷さんの中には、史実の通りに明治・大正を生きた斎藤は新選組について語らなかったというものがあるんだろうな~と思う。
すべてを見てきて、また全てを知っているからこそ、語らなかった。語れなかった。
こうして書いていると、その後の斎藤一ということで『新選組!!!』を観たくなる(苦笑)。しかしそれは無いだろうと思う.
そこで自分で想像するのも楽しい。夫人となる時尾さんは誰がいいか?など。シナに渡った左之助が帰ってきて、斎藤を訪ねるというシーンもいいな~。西南戦争で、薩摩に属したと云われる市村鉄之助に会ったり・・・ほらほら妄想が広がってきた(笑)。

話しを戻しますが、紅色で挙げているところは山南の視点から見た場合、とてもキーポイントとなるところであり、また斎藤しか知らないというところもあり。
山南が脱走したことを知っていながらも知らないと答えた斎藤。武田観柳斎@八嶋智人に追うように言われて、仕方なく「承知!」と言った時、それを止めた土方。土方と近藤が目で語り、追っ手を沖田に命じた。この時、斎藤だけは気付いただろう。この二人は山南を逃がそうとしていると・・・あ~涙。

『新選組!』を改めて観直したいと思っているのですが、なかなか時間が取れず。
まず改めて山南敬助の視点で観たい。好きな回や、気になる回など、チョコチョコは観ており、山南のちょっとネガティブな部分も見えてきたりしている。次は土方の視点、そしてその次は斎藤の視点で観たい。
因みに第1回もすごいと思いました。ここでそれぞれの隊士か、どんな人物なのか、描かれている。今頃、こんなことに気付くなんって遅いかしら。特に山南敬助の描き方には感動しましたよ。あ~第1回から第49回まできちんと観たいよ~。
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by eri-seiran | 2006-09-29 23:35 |  ドラマ/映画/舞台 | Comments(2)

斎藤一忌

大正4年(1915年)9月28日 試衛館派の最後の一人となった斎藤一が亡くなりました。享年72歳。同じ試衛館派で、幕末・明治・大正を生きた永倉が同じ大正4年の1月5日に亡くなっていて、これもなんか不思議な縁を感じてしまう。
新選組での斎藤を考えると、試衛館派のみんなを見送り、最後となったのも天命だったのか。
ところで、命日について、旧暦とか、新暦とか、考えなくてすむのはちょっと羨ましい。

試衛館にも出入りしていたと云われる斎藤。
池田屋事件にも参加し、そして山南敬助の最期を見送ったはず。
間者として御陵衛士に加わり、試衛館派のメンバーでは唯一、御陵衛士としての藤堂平助と共に過ごした人。
鳥羽・伏見の戦いに敗れ、井上が亡くなり、江戸に帰ってきてからは永倉や原田が去り、沖田は戦える状態でなく、そして近藤は敵軍に出頭。試衛館派で残ったのは土方と斎藤の二人だけ。
近藤救出のために江戸に潜入した土方に代わり、先に北上し、また宇都宮の戦で負傷した土方に代わり、会津では隊長代行となり、戦っている。この時、斎藤は25歳。若いよな~土方の信頼も厚かったのだろう。
慶応4年(1868年)9月、激戦となった如来堂で闘い、斎藤はそこで亡くなったと思われていた。しかし激戦から脱出していたのである。
その後、高田(現在の新潟県上越市)にて謹慎。そして会津の人たちと斗南(現在の青森県の下北半島)に移住。過酷な生活だったらしい。明治7年に上京。
明治10年には西南戦争に警視局の警部補として参加。この時、薩摩を中心とした人たちを相手にどんな思いで戦ったのだろうか。

新選組に加わるまでの山口一
新選組幹部であった斎藤一
北上し戦い続けた山口次郎
会津人として生きた一瀬伝八
西南戦争に参加し、明治・大正を生きた藤田五郎
4回も名前を変えなければ、生きていけなかったのである。

新選組について語った永倉新八。語らなかった斎藤一。
語るも語らないもそれぞれの思いがあり、それぞれの生き方である。
しかし斎藤一も山南の最期を知っており、また試衛館派の中で唯一、会津までの土方を知っているのは確かなこと。

激戦であったと云われる如来堂の戦い。昨年の9月下旬、如来堂へ行って参りました。ここを訪れるのは2回目だったのですが、やはりこの場所は何かを感じずにはいられない。色々なことを考えてしまう。ここに歴史を感じさせる銀杏の木があります。その銀杏の木は如来堂での激戦を見ていたであろう。そしてここに立つだけで、また如来堂の手前の道にて、こんな秋の風景を見ているだけで涙が出そうになります。そんな所です。

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by eri-seiran | 2006-09-28 23:26 |  同志たち | Comments(0)

『噂の男』についての総括

舞台『噂の男』は、発表から千秋楽まで約半年間に亘って楽しんだという感じがして、あ~終わってしまって、ちょっと腑抜け状態。そして保存版となっているWOWOWで放映されたプルミエールの『噂の男』での5人のトークシーンなど観て、まだ浸っている状態。まさか自分がここまではまるとは思ってもいませんでした。役者さんたちは次の仕事に向けてすでに動いているというのに・・・
そこで私自身もこの舞台の総括をすることで、気持ちを切り替えたいと思います。

とは言っても、未だに私の中では謎・謎・謎なので、ちょっと整理してみたいと思います。
大まかな内容はこちらより。

12年前
鈴木光明(堺雅人)
パンストキッチン(アキラとモッシャンの漫才コンビ)のマネージャー。ホモ。アキラが好き。アキラとモッシャンのコンビ解消、ユキオ・キミオの漫才コンビのユキオとアキラの新しいコンビ成立に向けて裏で動く。自分がかわいがっているハムスターを殺したのはモッシャンだと思っている。モッシャンを殺そうと計画を立てる。ユキオとコンビを組んだら、アキラが自分をマネージャーから外そうとしていたことを知る。

アキラ(橋本さとし)
パンストキッチンのボケ役。相方のモッシャンとコンビを解消するつもりでいた。鈴木がホモで自分のことを好きだと知っている。そんなホモである鈴木の愛を拒否。鈴木のハムスターを殺す。鈴木がモッシャンを殺そうとすることを知っていて、自分は関わっていないことにして、鈴木に全て任せる。ボイラーの事故により重傷を負ったが、その後に骨なしポテトのアヤメによって殺される。コンビを組んだら、鈴木をマネージャーから外すつもりでいたらしい。

モッシャン(橋本じゅん)
パンストキッチンのツッコミ役。アキラが自分とコンビを解消しようとしていることを知る。何故か、鈴木をいじめるのが好き。

骨なしポテトのアヤメ(水野顕子)
アキラに冷たくされる。ボイラーの事故で重傷を負ったアキラを殺害する。

骨なしポテトのトシ(猪木英人)
アヤメの相方。プライベートにおいては恋人同士。アキラを殺害している現場を目撃。アヤメが殺害したという証拠を隠滅する。

ボンちゃん(山内圭哉)
まだ芸人にはなっていなかった。

加藤信夫(八嶋智人)
父親が漫才コンビのユキオ・キミオのキミオ。ユキオを襲った犯人とマスコミに報道される。その時は小学生くらいだった。

ユキオ
漫才コンビの一人。相方のユキオとコンビを解消して、アキラとコンビを組むつもりでいたらしいが、ある人物に襲われて後遺症が残り、再起不能。

キミオ
ユキオの相方。ユキオを襲った犯人とマスコミに報道され、ノイローゼとなる。

ボイラー技師のムトウ
宝田グランド劇場の地下にあるボイラーが事故を起こした時、コンビニにいた。


現在
鈴木光明
宝田グランド劇場の支配人。ホモ。ボンちゃんとの間に一方的な愛あり。アキラが霊として出て、コミュニケーションを取るが、これまで本人は霊だと気付かず、自分のイメージだと思っていたらしい。モッシャンに裏ビデオの仕事をさせようとする。
アヤメがハムスターを殺したのはアキラと言ったことに対して、怒り、首を絞めて殺す。
観客がいる宝田劇場のステージにてモッシャンに何かをされたのか、ステージで暴れている。その後は詳細不明。

アキラ
霊として登場。自分が亡くなったのはモッシャンのせいではないと伝え、なんとか今の状態から抜け出してほしいと思っている。

モッシャン
酒浸りの日々。ここ6週間は奈落で過ごしていた。廃人となっているのか、或いは振りなのか?ムトウ(ボイラー技師)にパンキチ(パンストキッチン)のネタをけなされたために殺害して、ロッカーに隠した様子。またキミオの息子に自分がユキオを襲った犯人と知られていたから、殺害。そして観客がいる宝田劇場のステージで鈴木に何かしたらしい。ボンちゃんまで殺害した様子。最後は12年前のモッシャンに戻り、パンストキッチンとして一人で漫才を始める。

骨なしポテトのアヤメ
ボンちゃんと肉体関係あり。愛が強いあまりにか、旦那のトシに怪我をさせてしまう。最後は鈴木のハムスターを殺したのはアキラであるという真実を言ったことが原因で、鈴木に首を絞められて殺される。

骨なしポテトのトシ
ボイラー室が爆発するように仕掛けてあったところに知らずに入り、事故に合って死亡。死ぬ前に、12年前のアキラが死んだ真実を言いかける。

ボンちゃん
アヤメと肉体関係あり。ホモである鈴木から自分の愛を拒んだら、芸人を続けていけないと脅されている。鈴木がボイラーの事故によって死ぬように、ボイラー技師の加藤とボイラーが爆発するように仕掛ける。その後、モッシャンに殺害される。

加藤信夫
ボイラー技師になった。ユキオを襲ったのはモッシャンだと思っている。偶然にも宝田グランド劇場の地下室のボイラーの点検に行けることになる。モッシャンへの恨みは深く、廃人になったモッシャンに全てを吐き出す。

ユキオ
詳細は不明。

キミオ
一ヶ月前にノイローゼが原因で自殺。

ムトウ
パンストキッチンのネタをけなしたことが原因で、モッシャンに殺害されたよう。

(ユキオ・キミオ・ムトウについては実際の人物としては登場しません。)

愛と憎しみが入り混じって、誰もが誰かを殺そうと考えたり、殺したり、そして次から次に人が死んでいくというイヤ~なお話しであります。
12年前と現在とはそれぞれが変わっている。その12年間というそれぞれの人生を想像してみたくなる。
この類の作品と言えば、堺雅人さん、橋本じゅんさんが出演されている『Vamp Show』が、私の中では出てきます。これについてはDVDで観ましたが、私的にはちょっと苦手な内容。
だからこの類の作品で、わざわざお金を払って観に行くという機会がありませんでした。まあ~『Vamp Show』については、この舞台があった頃、堺雅人という役者も知らなかったし、もし今なら、観に行くだろう。そして生で観たら、また感じ方も変わるだろうと思う。
さて『噂の男』をPARCOで最初に観た時、こんな内容だったの?えっ!という感じがありました。
先日、この舞台の宣伝をしている動画の堺雅人も近いうちに観られなくなるだろうと思い、こちらの方を覗いたら、ここに書かれてあるストーリーと大きく変わっていることに気付きました。もちろん、骨無しポテトが登場することになった時点で、大きく変わったのだろうということは分かっていたのですが・・・
福島三郎さんによって出来上がった最初の脚本の内容を知りたいものです。

『噂の男』も下手すれば、苦手な内容となり、あ~いくら好きな堺さんでも、もういいかな~ともなりかねないとも思うのですが、しかしそうならなかったのは、それだけこの作品に惹きつけられるものがあり、また役者さんたちが素晴らしかったということなのだろうと思います。

大阪公演観賞後、神変紅丼のレッドさんと、この舞台についての色々な話しになったわけですが、その中で、ユキオを襲ったのは本当にモッシャンなのか?という疑問が浮上。もちろん、一番最後に廃人になりかけの振りをして正気に戻ったのかと思われるモッシャンが、ユキオを襲ったのが俺だとばれていたとアキラに向かって言うわけですが・・・
これは永倉新八や子母澤寛が山南敬助は脱走して切腹したと言っているのに、もしかしたら違うんではないだろうか?という疑問と同じような感じでしょうか。

そこで福岡公演、名古屋公演ではその辺りにも視点を置きながら、観てみました。
実は気になる点があるんです。
ひとつは鈴木にもユキオを襲う理由はあるということ。
アキラとユキオがコンビを組めば、マネージャーから外そうとしていたことを、鈴木は知ったわけです。アキラに愛がある鈴木。いつまでもアキラと一緒にいたいわけです。それならユキオさえ居なくなれば・・・と思ってもおかしくない。
このことについては、アキラも実際に鈴木を疑っています。鈴木は一生懸命に否定しますが・・・モッシャンを殺そうと計画立てている鈴木が、「僕が人を殺しそうな人間に見えますか?」という台詞は笑えた。
それからモッシャンがユキオを襲ったのは相方のキミオと書かれた雑誌を持ってきて、「犯人はキミオだったんだ」と言いながら、嬉しそうにアキラにその雑誌を見せるシーン。この時の暗い、不安そうな、なんとも言えない鈴木の表情。あれはなんだったんだろう?
そして「電話をしてきます」と言って、その場から慌てて出て行く鈴木。どこに電話をしに行ったのだろう?
あ~頭がウニ状態になってきました。
結局、真実はわかりません(汗)。謎で終わるしかないわけですが・・・
ここで『時効警察』の霧山修一郎@オダギリに登場して頂きたい(笑)。

最後にこの舞台で、最初にすごいな~と思ったのはアキラとモッシャンが漫才の練習をしているシーン。
初めて観賞した時には、練習のシーンとは分からない。漫才を聞きに来た観客になっていました。そして突然、練習のシーンだったと分かる。一瞬、自分が演劇を観に来ていた客から、漫才を観に来た客、そして演劇を観に来ているんだと我に戻るという感じがあり、あれは演出と、橋本じゅんさん、橋本さとしさんの上手さだな~と思いました。
また12年前とキャラが変わっている鈴木光明@堺雅人とモッシャン@橋本じゅん。12年前と現在が交互に進行する中で、二人の切り替えがすごいな~と思いました。あれは体力的にも大変だっただろう。

そんなこんなで、この役者さんたちが気になり始めました。堺さんはもちろん別として、それ以外では特に橋本じゅんさんと八嶋智人さん。お二人の舞台をまた生で観たいと思っています。
その前に『Vamp Show』を久しぶりに観よう。
また八嶋智人さんが良い意味で気になる役者さんになるなんって、2年前では考えられないことでしたよ(苦笑)。
それから山内圭哉さん。最近になって、『新選組!』にて出会う前に、出会っていたことが判明しました。2003年4月から6月まで、NHK教育テレビで放映されていたドラマ『パパトールドミー』に出演されており、このドラマは何気なく観ていたのですが、思い出しました。主人公の近所のお兄ちゃんのまさおちゃん。『パパトールドミー』のまさお→『新選組!』の橋本左内→『噂の男』のボンちゃん。まさおの外見は山内圭哉さんそのままという感じ。

長々と書き、また偏った見方をしているかもしれませんが、三三七拍子にて取りあえず、舞台『噂の男』については締めたいと思います。
あっ!ごめんなさい。名古屋での千秋楽の舞台挨拶について書き忘れたことがありました。
最初のカーテンコールか、2回目でしたか、忘れましたが、両袖から金銀のテープが爆音と共に飛びました。これには役者さんたちもちょっとびっくりされていたようです。そのテープを客席の方に放り投げるというサービスをしていた八嶋さん。またスタンディング・オベーションでは、八嶋さんが、「これから30分喋るから、みなさん座っていいですよ」と言うジョークもあり。そして福岡公演の千秋楽でもそうだったのですが、八嶋さんの音頭で観客も一緒に三三七拍子。これが見事に決まり、ちょっと一体感を感じ、また八嶋さんのそのような姿を観て、微笑ましく思った次第です(笑)。

                                    END
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by eri-seiran | 2006-09-27 20:17 | エンターテインメント | Comments(0)

芹沢派暗殺

試衛館派と芹澤鴨派との関係は、実際はどんな感じだったのだろう。
清川八郎の考えに反対して残った2派。

試衛館派:近藤、土方、沖田、井上、永倉、原田、藤堂、(斎藤)、山南敬助
芹沢派:芹澤鴨、新見錦、平山五郎、平間重助、野口健司

芹澤の悪行が芹沢派の壊滅に繋がっていったわけですが、どこまでが史実なのか?ただ直接の原因は生糸問屋の大和屋焼き討ち事件だったとのこと。これは壬生において相撲興行が行なわれた文久(1863年)8月12日に起きました。
何故?芹澤は相撲興行をぶち壊すようなことをしたのだろうか?
それは芹沢にとって、壬生での相撲興行というイベントが面白くなかったから。芹澤が相撲興行を楽しんでいたなら、そのようなことをわざわざその日にしないだろう。『新選組!』でもそうでしたが、芹沢派はこの相撲興行に関わっていないらしい。武士がそのようなことをして金を稼ぐということ自体に反対だった。
これについて、「新選組日誌 コンパクト版 上」における解説が面白い。

武士の労働とは戦であり、その功によって禄を食み、日常的に営利行為を行なうものではなく、それは民百のすることだった。おそらく、芹澤はそのように考えていたに違いない。しかし、近藤勇はちがった。浪人である以上、働かなければならなかった。それが武州各地を回る出稽古であり、道場の経営だった。生活費は、自分らの手で稼ぐものなのだ。土方歳三、山南敬助、沖田総司、井上源三郎、彼の身内は誰でもそうだった。

元々武士であった芹沢らと、農民の出身であった近藤らの考えの違いはあっただろう。山南だって元々は武士の出身と云われていますが、脱藩しておりますし、10代後半で江戸に出てきて、苦労したに違いない。生活費を稼ぐ方法を身につけていただろう。

とにかくこの相撲興行と同じ日に起きた大和屋焼き討ち事件が、芹沢派の粛清に繋がっていったというわけです。

新見を殺害し、それから数日後の18日(或いは16日)に、芹沢派の暗殺が実行されました。
芹沢と平山、そしてお梅が殺害され、平間、平山と一緒に居たと云われる島原桔梗屋の吉栄、平間と一緒に居たと云われている輪違屋の糸里は助かっています。野口はその場には居ませんでした。
さて刺客ですが、
近世野史(西村兼文談)によりますと、近藤・土方・山南・沖田・原田ら
浪士文久報国記事(永倉新八談)によりますと、土方・沖田・藤堂・御倉伊勢武
新選組遺聞(八木為三郎談を子母澤寛による記録)によりますと、土方・沖田・原田・山南

これを見る限りでは、土方と沖田は間違いないだろうと思うのです。問題は山南と原田です。
新選組の幹部であった永倉、それも明治の早い時期に書かれた浪士文久報国記事。永倉は、この暗殺については知らされていなかったと云われています。芹澤と同じ神道無念流だったからとか。事件の時は角屋にて酒を飲んでいたらしい。身内による暗殺だということをいつ知ったのだろうか?また暗殺の様子も書かれていますが、誰に聞いたのだろうか?
一方、西村兼文氏は、刺客の一人である山南のことを三南三治郎という名前で挙げています。三南というのは分かるのですが、「三治郎ってだれよ」ってなりますよね。
このように変名を使ったのは、西村が山南に迷惑をかけないようにという配慮だったのでは?とも考えられるようです。そうなると、西村は山南が刺客だったと分かっているからこそ、変名を使って山南を挙げているということになりますし・・・
西村の『近世野史』、永倉の『浪士文久報国記事』、どちらも明治の初期と云われていますが、どちらが先だったかしら?(追記:『近世野史』は、明治3年刊行とのこと。)
昭和の初めに出された『新選組遺聞』による八木為三郎談では、「どうも山南敬助もいたんじゃないかと母はいっていました。」という感じですし・・・
難しいところです。

ただ永倉と違って、刺客に山南が入っていなくても、山南はもちろん知っていただろう。実行犯でなくても、計画したメンバーの一人だろう。また指令などを出していただろう。
もしそうでなかったら、たまりませんよ。また仲間外れ?となっちゃいますから。

しかしこの芹澤鴨暗殺後、山南が表舞台に出た記録は残っていません。もちろん、岩城升屋事件(或いは鴻池宅での事件)がその後に起きたと思われますが・・・

清川の殺害を計画した時、芹澤と一緒に行動したと云われている山南。
舟遊びを興じ、その後、力士との乱闘にて一緒に闘った山南。
山南は芹澤派粛清をどのように考えていたのだろうか?近藤や土方と全く同じ考えだったのだろうか?
この事件後、山南が表舞台から姿を消すだけに、なんか気になるんですよね。

『新選組!』の芹澤鴨@佐藤浩市はとても良かった。人間味があって、彼の弱い部分が上手く描かれていた。史実の芹澤もきっと色々な面があったんだろうな~
清川八郎@白井晃を待ち伏せしている時の芹澤鴨@佐藤浩市と山南敬助@堺雅人のやり取りは好きなシーン。力士との乱闘後、近藤と奉行所に行って近藤によって解決し、帰ってきた山南が、芹澤に「すべてわれらの手で治めました・・・・」と言い、そして山南らが出ていた後、芹澤が怒りをあらわにするシーンも好き。

山南と芹澤が一緒に歩いた八軒屋船着場や蜆橋辺り、一緒に船遊びを興じた大川、一緒に寝泊りした京屋跡などに、芹澤の旧暦での命日である9月に行けたのは良かったな~と、改めて思っている次第です。
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by eri-seiran | 2006-09-25 18:07 |  出来事 | Comments(0)

彼岸花

めぐる秋の風が吹く 川のほとりの彼岸花
真っ赤に燃える花なのに 心を許す人は無し


                       『川のほとり』より

『川のほとり』という歌に出合ったのは大学生の時。それから彼岸花が好きになりました。4回生を送り出す夏のファイナルキャンプで、一人の先輩が思い出の一曲としてこれを歌ったことから、彼岸花を見ると、この先輩のことを思い出していました。だから年に一度は必ず、その先輩のことを思い出す。

2004年の秋からは、この先輩のことを思い出すと共に、山南敬助@堺雅人のことを想うようになりました。
桜はその年の気候によって、開花が早まったり、遅れたりするけれど、彼岸花は秋分の日の前後に必ず咲く。それには感心する。
彼岸花の花言葉には、悲しい思い出、情熱、独立、あきらめ、再会などがあるらしい。
ポジティブとネガティブと両方あるんですね?
どれもなるほど~と納得。

この土手に咲く彼岸花が大好きなんです。今年もちゃんと咲きましたよ。
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by eri-seiran | 2006-09-24 22:41 | 身辺雑記 | Comments(0)

The last performance of EVERYBODY'S TALKIN'

8月11日から始まった『噂の男』の正しくラスト公演・千秋楽を名古屋にて見届けて参りました。
これも福岡公演と同様に、最初の私の鑑賞予定計画には入っていなかったのですが、一般発売日の翌日、何気なく覗き、今だったらチケットが取れると分かった途端、購入してしまいました。一般発売が7月。新年度からの仕事で溜まっていたものが爆発しかけていた時。お陰でこれらを支えに夏を乗り越えられました。

公演場所は名古屋市民会館の中ホール。もちろんチケットは運良く取れたものなので、2階席から舞台を見下ろすというものでしたが、大阪公演・福岡公演より役者さんたちの台詞は聞きやすかったし、また違う位置から観ることで、今までには気付かなかったことに気付いたりできて、良かったとも言える。
千秋楽ということで、もちろん満員御礼。

さて舞台の方は、やはり千秋楽ということで、全体的に勢いがありました。叩いたり、押したり、髪の毛を引っ張ったりするシーンなどありますが、大丈夫?と思うほど。後、こんな台詞があった?など、いくつかあれ?というものもありました。

堺雅人さん、マネージャー鈴木君で登場してきて、モッシャンにいじめられるシーンでは、福岡公演などの時よりかなり汗をかかれているのが分かりました。半ヌードの姿を改めて見て、2年前の時としたら、筋肉は落ちたよね?
ハンカチを持っていないのを分かっているのに探す振りをするシーン、コンビニがいくつあるかという質問に、「4件?」「5件?」「6件?」と答えるシーンなど、何回観ても可愛いすぎる鈴木光明君。
モッシャンのスリッパが飛ぶシーンは、今回はそのまま高く高く上に飛びました。それから注目の支配人鈴木さんとボンちゃんのキスシーン。福岡公演鑑賞についての記事で、ライトになってきていましたと書きましたが、最初に観たパルコより、濃厚だったのでは?と思うほど、とてもとても濃かった(笑)。

喜怒哀楽をすべて笑顔で表現する・・・と言うシーンでは、私が鑑賞した中で一番大受けだったのでは?そしてモッシャンも止まらない。次から次に出てくる。
スマイル独占禁止法って、大阪公演でもありました?

ここから、千秋楽ならではの最後の舞台挨拶のレポを簡単に。
ENDになって、役者さんたちが登場。パルコでの観賞の時はどうだったか覚えていないのですが、大阪公演、福岡公演共、堺雅人さんと八嶋智人さんが何か喋りながら登場してくる。今回もそのシーンあり。堺さんが八嶋さんの衣装か何かについて仰っていた感じでした。二人とも良い表情をされていて、何回観ても微笑ましい光景であり、芝居ではないものの好きなシーン。
これまで大阪公演、福岡公演のカーテンコールでは、橋本じゅんさんが挨拶をされてきましたが、まず今回は2回目のカーテンコールで堺さんの挨拶あり。わ~初めて。
「8月11日から始まり、それまでも練習をしてきたりして、数ヶ月間一緒にやってきたら、一つの劇団が出来上がったような感じがする」という感じのことを仰っていました。11日からということに不安を感じたような堺さん、横に並ぶ諸先輩方に確認しながら仰っていたのが可愛かった。その後も堺さんがしゃべっている時、橋本じゅんさんたちが突っ込みを入れたりして・・・そしてここで役者さんたち一人ひとりを紹介。それぞれが隣の方の名前を紹介するというものでした。最初に堺雅人さんが橋本じゅんさんを紹介。また山内圭哉さんが橋本さとしさんを紹介するのですが、山内さんが橋本と言いかけた時、私の頭の中では、「橋本左内」となっておりました。違う!違う!!何回観ても、山内圭哉さん、『新選組!』で橋本左内を演じた方とは同一人物と思えないよ~
そして橋本さとしさん。骨なしポテトのトシ役の猪岐英人さんを紹介するのに、下のお名前をきちんと覚えていなかったらしく・・・八嶋智人さんらに突っ込まれておりました。堺さんは大受け。橋本さとしさん、やってくれましたよ。紹介のラストは堺さんで、紹介してくれたのは橋本じゅんさん。

3回目のカーテンコールでスタンディング・オベーション。ここでは、大阪公演、福岡公演に続き、橋本じゅんさんが仕切っておりました。そして役者さんたちは噂の男のTシャツを着て登場。福岡公演でもそうだったのですが、Tシャツの売れ行きがあまり良くないらしい。福岡公演でも八嶋さん・山内さん中心に宣伝しておりました。今回も同じ。この辺りは八嶋さん上手い。この宣伝は八嶋さん・山内さんの役回りとなっているよう。堺さんはオレンジのTシャツを着て登場。ちょっとこれは私的に嬉しかった。橋本じゅんさんと橋本さとしさんが同じ水色のTシャツを着ていたので、堺さんが「このような時もお二人は揃えるのですか?」と、突っ込みを入れておりました。
そしていよいよ愛しき噂の男たちとも別れの時がやって参りました。
最後はみんなで手を繋いで上にあげ、そのまま退場。
役者さんたち、無事に終えられた安堵感と達成感というものがあったと思われます。みなさん、とても良い表情をされておりました。

この舞台についての発表があったのが4月。それからチケット購入の策を練ったり、この舞台に関する雑誌を買ったり、またチケット購入において色々とあり。そして本番の鑑賞。約半年間に亘ったという次第。あ~終わってしまったよ。
舞台『噂の男』が終わって、私の夏も終わったという感じです。

作品を考察するのは好きなのですが、それを文章にするのは苦手。でもこれについては書きたいな~と思っています。しかし山南敬助について書きたいこともいくつか待機中ということもありますので、未定(汗)。

最後に、無事に公演終了、おめでとうございます。そして鑑賞された皆様、お疲れさまでした。
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by eri-seiran | 2006-09-23 10:21 | エンターテインメント | Comments(4)

アメリカに渡った山南敬助の舞台

2005年2月22日 旧暦での山南敬助の命日前日、墓参りに行きました。その時にご自由にお持ち帰りくださいと、このような舞台の案内のポストカードが置いてありました。
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舞台は『さくらのごとく~新選組桜真説~』
会場は京都府文化芸術会館ホール
しかし残念なことに、この舞台の上演日は2005年2月20日だったのです。時はすでに遅し。ショックでしばらく立ち直れませんでした。
だって山南敬助が主人公の舞台。そして他の登場人物が、土方歳三、沖田総司、明里というメンバー。
とにかく観たいと思うでしょう?
山南敬助主人公の舞台ですよ。舞台。

製作はFA企画
上演したのはさくらさくらカンパニー

2005年ということで、大河ドラマの影響を受けてかと思ってしまいそうですが、そうではないようです。この作品は、2003年の12月に土方が登場せず、山南・明里・沖田の3人が登場する『さくらのごとく』という作品で、すでに上演されていたのです。

この作品やさくらさくらカンパニーについては、ショックを受け後、サイトをチェックして調べたりしていたのですが、最近ではすっかり忘れていました。

あれから1年半以上経った今年の夏、なんとこの作品がアメリカに渡り、
The 2006 New York International Fringe Festival(NY国際芸術祭)にて、審査員特別賞
を頂いたそうです。
こちらの方に訪問してくださっている方から教えて頂きました。
ありがとうございました。

これはすごいことですよ。舞台の内容をちらりと知ることはできますが、詳しいことは分かりませんし、実際に観賞しないと何も言えないので、その辺りについては触れません。
とにもかくにも山南ファンとしては、アメリカのそのような場にて、あまり有名ではない幕末に生きた一人の志士を知ってもらうことができて非常に嬉しい。とてもとても嬉しい。
平助や斎藤に浮気することなく、20年以上も想い続けたら、良いこともあるんだね~

この受賞を記念に、日本でも再演して頂けないかと、密かに願っているところです。
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by eri-seiran | 2006-09-21 22:29 |  ドラマ/映画/舞台 | Comments(0)

総長で始まり、平助で締めたい。

楽しいイベントが終わった後は、また忙しい日々が待っている。それを乗り越えるために次のイベントを作り、それを支えに頑張る。
だからこそ、仕事が大変な状況でも、日々の生活の中で色々とあっても頑張れるというわけです。

この夏、総長である山南敬助で始まり、来月は沖田総司、11月には副長である土方歳三、そして最後は藤堂平助で締めたいな~と思っているところです。

何のことやらと言いますと、舞台です。
堺雅人さんの『噂の男』
藤原竜也君の『オレステス』
山本耕史君の『tick,tick...BOOM』
中村勘太郎君出演予定の『當る亥歳 吉例顔見世興行 東西合同大歌舞伎 十八代目中村勘三郎襲名披露』

勘太郎君、9月までは足の治療に専念し、休演するとのことだったけれど、大丈夫なのだろうか?万が一、勘太郎君の出演が難しくてもこれはちょっと観に行きたいと思っています。チケットが取れたらの話しですが・・・

『オレステス』は、第一希望日になかなか良い席が取れたのに、もう少しで他の用事を入れるところでしたよ。一緒に観に行く藤原竜也君ファンの後輩に、「舞台を観に行く日だよ」と言われて、気付いた次第。ちゃんとスケジュール帳にも書いてあるのに。あ~危ない!危ない!!

さて、先日、『噂の男』福岡公演が行われた劇場が、福岡市内にあるメルパルクホールFUKUOKAでした。もちろん、初めて訪れる劇場。中に入ると、プチ・サプライズ。
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そうです!副長、いや山本耕史君出演の『tick,tick...BOOM』のポスターが貼られていました。11月24日。へ~ここでやるんだ~。そしてここでの公演が終わって、草津宿にやってくるんだ~。
堺雅人さんが立った舞台、その約2ヵ月後に、今度は耕史君が立つんだ~。そんなちょっとしたことが嬉しくて。

『新選組!』が与えた経済効果は大きいとも言われていますが、まさしく貢献している一人。
『噂の男』もいよいよラストスパークに入りました。ラストとなる名古屋公演は明日からの2日間です。
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by eri-seiran | 2006-09-20 23:00 | エンターテインメント | Comments(0)

旧暦での9月18日(9月16日説あり) 芹沢らの暗殺事件

2泊3日の旅から、無事に戻ってきました。
1日1日が長かったこと。特に昨日と今日ですよ。『噂の男』福岡公演千秋楽を観たのが2日前なのに、4、5日も経ったような感覚に陥っています。
昨日の朝、博多から台風に向かって南下したために大変な状況になり。結局、昨日中に目的地に辿り着けず、急遽、宿を取り、今朝、目的地に辿り着き、所用を済ませ、最終の飛行機で帰ってきたという次第です。
飛行機から見えた大阪の夜景がとても奇麗だった。1週間前、ワクワク・ドキドキしながら歩いた大阪。これまでも大阪の景色を飛行機から見る機会は度々あったのですが、山南敬助ラリー@大阪編をしてから、同じ景色でもなんか違うんだよね、自分の中で。
約140年前、山南が、そして新選組のメンバーがこの地に確かにいた大阪だ~(笑)。
約140年前、空から見た大阪はどんな感じだったんだろうとか。

さて、そんなこんなで多少は疲れてはいるのですが、どうしても触れておきたい事がある。
旧暦での9月18日、芹沢鴨、平山五郎の命日。つまり、芹沢らの暗殺が行われた日です。
先日の記事、文久3年(1863年)9月の山南敬助らの経過と状況でも暗殺日を18日と挙げましたが、これには16日説もあります。
『新選組日誌 コンパクト版 上』では、解説で16日説もあることに触れながらも、18日で挙げてあります。また大河ドラマ『新選組!』では、18日にあった出来事として描かれています。
何故、16日説と18日説があるのかと言うと長くなりますので、後日に。
とにもかくにも上洛してから約7ヶ月で、芹沢らは命を落としたのです。
暗殺者のメンバーにも山南敬助が入っている説と、そうでない説があります。
山南さんは本当はどうだったんだろう???

この事件は新選組にとって、また山南に視点を置いて考えてもキーポイントとなりますので、後日改めまして。
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by eri-seiran | 2006-09-18 23:29 |  出来事 | Comments(0)

山南敬助が歩いた中山道を三条大橋から日本橋まで歩く

とは、言っても私ではありません。

旅人の岩本輝雄さんが、この4月3日にお江戸の日本橋を出立して、6月16日に京の三条大橋まで歩いた『街道てくてく旅 東海道五十三次完全踏破』。
約140年前に東海道を歩いた土方歳三、斎藤一、藤堂平助らに重なり合わせて観ていました。また記事にも何回かしました。
この番組はかなり好評だったらしい。最初、私も歴史・新選組ファンという視線で観ていたのですが、人とのふれあいや旅の面白さ、またいつのまにか旅人である岩本輝雄さんに親近感を覚えたり、色々な視点から楽しめた番組でした。

そして今回は、その三条大橋から中山道を歩いて日本橋までの完全突破という企画です。
今回の旅人は、岩本輝雄さんから託された勅使川原郁恵さん(元スケート・ショートトラックオリンピック代表)です。
明日の9月18日に出立して、12月1日に日本橋に辿り着く予定だそうです。
旅の様子については月曜日から金曜日まで、BShiで朝の8時から生放送。BS2では夜に録画放送。また1週間分のダイジェストを土曜日の深夜に総合で放送。

とにかく詳しいことはこちらより。

中山道と言えば、山南敬助らが浪士組として上洛する時に歩いた街道です。
反対方向と言うのがちょっと残念ではありますが、これはかなり楽しめそう。
明日は、三条大橋を出立して大津宿を通り過ぎ、草津宿まで辿り着く予定らしい。
『新選組!』の山南敬助@堺雅人が辿り着くはずだったけれど、辿り着けなかった草津宿。史実の山南敬助が烈火のごとく怒ったと云われている草津宿。史実の土方歳三らが泊まった記録が残っている草津宿。

ちなみに草津宿の次が守山宿、そしてその次が武佐宿。
浪士組として上洛する時、武佐宿で、京も近くなったということで酒が振舞われたと云われています。

ところで明日、台風の影響はないのかしら?
私は台風の影響を受けて、某駅で足止め状態です。後1時間ほどで実家に辿り着けるところにはいるのですが・・・
いつになったら辿り着けることやら。
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by eri-seiran | 2006-09-17 14:58 | エンターテインメント | Comments(0)

山南敬助をメインにしたブログです。ホームページ『山南敬助 赤心記』共々よろしくお願い申し上げます。


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