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ガチャポン~幕末新選組シリーズ~

ガチャポンはちょっとしたお遊び、おみくじ感覚のようなものがある。
子どもの頃はした覚えがありますが、大人になってからはトライしたことなんってなかった。
2004年以後、あのシリーズを見かけるとやってしまいたくなる。初めは、山南敬介がほしくてほしくてやっていましたが、山南をゲットした後もその日の運を試すかのように時たま。
そうしていたら、結構、揃ってしまったのですが、沖田総司は未だにゲットできず。
先日、幕末新選組ストラップ全5種というガチャポンを見つけました。5種はこちらより
これなら5分の1の確率。総司が出ますように総司でありますようにと。
しかしながら、はっぴ(羽織)でした。まあ~それも悪くはない。
きっと私と総司の相性は良くないんだ。

ところでこちらのサイトを覗いてみたら、なかなか面白い。
全国のご当地ピンズやその他の品が見られる。
その他のシリーズに幕末新選組ピンズがある。これは大河ドラマ『新選組!』の放映が決定して、作られたようですが、新選組のメンバーは近藤・土方・総司の3人だけ。その後に、試衛館派の全員が揃っている幕末新選組ピンズパート2が出たというわけですね。
そしてその後には源義経ピンズが出たようですが・・・
倒幕派を中心にしたピンズは山口にも京都にもないのね?
とにもかくにも、この幕末新選組シリーズは『新選組!』の影響が大きかったということですね。

さて本日、携帯電話の機種変更をして参りました。ストラップはこれまでも付けていた山南敬助の名前が書かれたものと、先日、ゲットした羽織にしました。
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by eri-seiran | 2006-11-30 22:44 |  グッズ | Comments(0)

草津追分はまるで人生の分かれ道

山本耕史君の『tick,tick...BOOM!』草津公演の翌日は、前夜ご一緒に観賞したふみさんと一緒に草津宿を散策しました。
草津宿のことはよく記事に書いているものの、また江戸や多摩よりずっとずっと近いのに、訪れたことはあっても、車で通り過ぎることはあっても、きちんと歩いたことがなかったのです。 
月曜日で、草津宿街道交流館や草津宿本陣は休館日で中に入ることができませんでしたが、山南敬助や土方歳三らのことを考えながら散策すれば、また新たなことを感じられる。

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これが東海道と中山道の分岐点になる草津追分です。この分岐点には、文化13年(1816年)に建てられ石造道標があります。 
右 東海道いせみち 左 中仙道みのぢ と刻まれています。山南敬助はこの道標を見たのです。土方も総司ら試衛館派のメンバーが浪士組として京に上洛する時に見たのです。そしてこの道標も彼らを見ていたのです。
ちなみに1816年までにあった道標は、ここから京に向かって約500メートルほど離れた同じ東海道沿いにある立木神社に移されています。

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この写真は中仙道から京に向かって歩いてきた時の分岐点の風景です。右の道が京へ続く道。左の道は東海道いせみちです。
文久3年(1863年)2月22日、山南敬助は、風景は全く違うものの、このようにしてここを歩き、この分岐点、道標を同じように見たはず。きゃ~同じようなことを計画的にやってしまった(笑)。

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これは京から東海道を下ってきた時の分岐点の風景。右は東海道。左は中仙道。
ここに立った時、まるで人生の分かれ道のように思えて、ちょっとびっくりしました。
理由は色々と考えられますが、山南と土方の二人は別々の道を歩くことになった。土方が右の道(東海道)を選んだならば、山南は左の道(中仙道)を選んだということなんだろう。でも目指すものは同じだったはず。
東海道、中仙道のどちらを選んで歩いても、終点は同じ江戸の日本橋。
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by eri-seiran | 2006-11-29 22:30 |  ゆかりの地 | Comments(2)

期待は膨らむばかり~映画『スキヤキウエスタン ジャンゴ』での堺雅人~

堺雅人さんが映画『スキヤキウエスタン ジャンゴ』に出演予定という噂は知っていたのですが、公的なソースを見つけることができず。
そしたら1月号のTVnaviの連載エッセーで本人が報告。またキネマ旬報の12月上旬特別号でこの映画に出演される香川照之さんの連載でもこの映画の話しが書かれており、共演者として堺雅人さんの名前を挙げている。
どんな映画かと申しますと、こちら、またはこちら、あるいはこちらより。
源氏と平家がいがみ合う村を守るガンマンを主人公とする西部劇で、全編英語とのこと。

歴史ファンで、そして英語を勉強中(只今、小休憩中ですけれど)である身としてはたまりません。
その英語を話すキャストに堺雅人さんというだけでも満足ですが、他のキャストにも好きな佐藤浩市さん、香川照之さん、塩見三省さん、松重豊さん、桃井かおりさんなど挙げたら限がありません。たまりません。
なんと言っても、佐藤浩市さんとの共演が何よりも嬉しい。

沖田総司×斎藤一  映画「壬生義士伝」
山南敬助×芹沢鴨  大河ドラマ「新選組!」

さて、次回はどんな役だろう?どんな絡みがあるだろう?
噂はあるものの、もしその通りであれば、私はとてもとても嬉しい。だってその歴史上の人物、好きなんですもの(笑)。

TVnaviの堺さんのエッセーには、派手な衣装を着て、赤いメッシュをいれたような髪をした堺雅人さんの写真も載っている。これがとてもいい。その写真を見ただけで、この映画、また堺さんのキャラクターに対する期待は膨らむばかり。
香川照之さんの連載にも撮影風景の写真が載っており、そこに堺さんも写っている(カラーでないのが残念)。

とにかく早く観たい。観たい。堺さんの英語が早く聞きたい。
しかし公開は来年の秋らしい。あ~待ち遠しいよ。
キネマ旬報の香川照之さんの連載では、今回は「スキヤキウエスタン ジャンゴ①」となっており、次号でもこの映画について語ってくれるらしい。取り敢えずはそれを楽しみにしよう。
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by eri-seiran | 2006-11-28 23:05 | エンターテインメント | Comments(0)

『tick,tick...BOOM!』 草津公演を観賞

10月、そして11月の下旬近くまでの約2ヶ月間は仕事が大変な状況になる。それは新年度を迎えた、今年の4月からわかっていることでした。
山本耕史君の舞台『tick,tick...BOOM!』が11月26日に滋賀県草津市にやってくるという情報が入ってきたときにはとても驚きました。こんなことはもう2度とないだろう、ぜひとも参上しなければと思うと共に、これは10月、11月、きっと必死で頑張るであろう自分へのご褒美だという気持ちで、チケットを購入しました。

10月から予想以上に必死で頑張ってきた自分。しかし私的なことで、この舞台の観賞を諦めなければならない状況に(関西を離れていたために)。
一度は諦めたものの、草津での公演日の2日前に関西に帰って来れて、観賞はできる。ただ帰ってこれたものの、自分に舞台を観賞するという余裕はなかった。
しかし山本耕史君が草津の舞台に立つ時、やはりそこに私はいたいと思った。
そして観賞してよかった。
この方は、やはり元気を与えてくれる。この方は自分が持っているエネルギーを分けてくれる。そう思った。

耕史君のミュージカルは、これで3作品、観賞しましたが、山本耕史という役者一人に視点を置いた場合、この作品が一番良いと思えたし、好きです。
それは彼が自分に大きな影響を与えたと言っているジョナサン・ラーソン自身を演じているからだろう。それだけ彼のこの作品にかける熱い思いを感じました。
そして久しぶりに生で観る山本耕史君はさらにステキになっていた。きっと充実しているんだろうな~だからこんなにステキな30歳の男性になったんだろうと思いました。
観賞する前にこの舞台の感想について、何人かの方の記事を読んだのですが、実際に観賞して、あ~同感という感じです。芝居も歌も上手い山本耕史君の才能を改めて教えられました。

さて、最初に触れた草津公演の情報が入ってきた時、何故、驚いたかと言いますと、草津は新選組、そして土方歳三のゆかりの地だからです。電車で京都駅から東へ20分。
『新選組!』の山南敬助@堺雅人が脱走した時に最初に目指した草津(辿り着けなかったけれど)。
浪士組として上洛する時、史実の山南敬助や土方歳三たちが通った草津。山南敬助が村上俊五郎に対して、烈火の如く怒ったと云われている草津宿。
上洛後の5年間、土方歳三は江戸へ2回帰っていますが、その時に必ず通った草津。その中でも、慶応元年(1865年)5月9日、江戸から京に帰る途中、斎藤一、藤堂平助、伊東甲子太郎と共に泊した草津宿。この4人の名前が載っている草津本陣の宿泊名簿の『大福帳』は、現存しております。
耕史君がジョナサン・ラーソンと同じように自分に影響を与えたと言っている土方歳三。その土方歳三のゆかりの地でジョナサン・ラーソンを演じた山本耕史君。
これには、とてもとても不思議な縁を感じずにはいられません。
1回限りの公演、耕史君は大阪からやってきて町を歩く時間的な余裕がなく、町の雰囲気を実感することはできなかったようですが、この草津公演に来てくれたお客さんからこの町の良さを知ることができたというようなことを最後に仰っていました。

新選組ファンから山本耕史君ファンになった私にとって、耕史君の草津での公演を鑑賞することには大きな意味があった。
一度、諦めたものの、観賞できるようになったのも何かの縁を感じずにはいられない。
そしてこの舞台で、また新たな出会いもありました。
というわけで、人生はついらいこともあるけれど、頑張ろうと思えた昨夜でした。
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by eri-seiran | 2006-11-27 17:18 | エンターテインメント | Comments(1)

奥道中うた

長町や中田の駒を増田まで
物岩沼の槻木の提。
―中略―
福島は名どこなりけり根子町を
若宮なれどぢぢがたくやど。
―中略―
二本松に杉田るものは本宮の
女の唄の声は高倉。
―中略―
白河をよぶねでゆけば白坂や
芦野もくらく超堀のしゅく。
―中略―
白沢や御先はどこを宇都宮
雀の宮もしとと立道。
―中略―
草加もこし千住のちかい浅からぬ
浅草川の末は深川。


これは奥道中うたです。この道中うたには、仙台の城下の中心地であった国分町から江戸までの旅する順路が歌い込まれています。昔、仙台の寺子屋で教えられ、子どもたちは暗誦し、また各家には必ず備えられていたそうです。北に行く津軽(現在の青森)までのうたと、このように南に行く江戸までのうたがあったそうです。
うたの初めと終わり以外は、新選組・土方ファンとして感慨深い地名のみ抜粋してみました。
参考書籍は、先日、携帯より記事にした『日本の民話 宮城篇 みちのく篇』(未来社)です。姉から例の本を借りて持ち帰って来ました。

山南敬助が仙台藩の出身であれば、このうたを教えられ、覚えたはず。
仙台から江戸に出てくる時、このうたを心の中で歌いながら歩いたはず。
現代に残っている山南敬助の唯一の真筆が載っている『起請文帖』から、山南が江戸に出てきたのは16歳から21歳までの間ではないかと、考えられるようです。
10代後半の山南敬助は、二本松、白河、宇都宮を自分の志を持って通り過ぎたのです。
まさかその15年から20年後に、自分の志を持って結成した新選組、また同志であった土方たちが宇都宮などで戦うことになるとは。
そして山南が通った道とは違うものの、仙台まで辿り着いた土方。

山南の仙台出身を疑問に思った時期もありましたが、こうして考えると、山南は仙台藩出身だったに違いないと思えてしまう。
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by eri-seiran | 2006-11-25 23:11 |  ゆかりの地 | Comments(0)

帰還

お待たせしました。
パソコンからインターネットができる環境に戻って参りました。
良かった。携帯からちゃんと投稿できている。一応、携帯から確認はしたのですが、ちょっと不安があり。

山南敬助について、また書ける。あ~書きたい。
山南敬助に餓えていました。関西を離れていたこともあり、今、とても近くに感じる。こんなに恋しく思ったのは久しぶり。

そして山南だけでなく、堺雅人さんにも餓えていました。だから昨夜、『Dr.コトー診療所2006』で堺さんに会えると楽しみにしていたのに、出番ないし・・・予告で声のみ、残念。
しかし堺さんの新たな情報があり。
あ~楽しみ。
と言うわけで、『Dr.コトー診療所2006』が終わっても、再びフジテレビにて1月からも会える。今回以上に登場の頻度が多いのは間違いないだろう。

そんなこんなで色々と書きたいことはありますが、ボチボチと記事にしていきますので、今後とも、よろしくお願いします。
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by eri-seiran | 2006-11-24 21:42 | 身辺雑記 | Comments(0)

民話の本に仙南

今回も携帯より。
姉が民話とかに興味があり、また本が好きなこともあって、日本の民話というタイトルの本が実家にあります。その中でも、地域ごとの民話が載っているちょっと高価な感じがする本が40巻ほど本棚に。姉が購入したのは20年ちょっと前かと思いますが、この本の初刊は30年以上前のようです。『第四巻 宮城・みちのく篇』を取り出し、目次を見てみると、なんと宮城篇は仙台地方、仙北地方、そして仙南地方の項に分かれているではありませんか。仙南ですよ!仙南。この地名に小さな幸せを感じる今日この頃(笑)。姉は20年以上前、仙台に仙南と呼ばれる地域があることを知っていたんだ(苦笑)。 仙南と山南敬助の関係は無であるかもしれませんが、この本に載っている民話を山南も聞いたかもしれない。この本にはその地域のわらべうたも載っております。山南も歌っていたかもしれない。
民話の中に仙南という言葉は今のところ出てきませんが、とりあえず、この本をじっくり読んでみようと思っています。
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by eri-seiran | 2006-11-22 20:39 | 身辺雑記 | Comments(0)

初の携帯からの投稿

ブログを初めて1年以上が経ちましたが、携帯電話から投稿するのは初めて。
中岡慎太郎の命日の次は、油小路の変。だから藤堂平助のことを書こう。書きたいと思っていました。しかし突然、パソコンからインターネットができない環境になってしまい、しばらく更新できず。と言うわけで、携帯より投稿。

今日は、久しぶりに『街道てくてく旅~中山道完全踏破』を観ました。本庄宿ですよ。本庄宿。浪士組が上洛する時、近藤勇の落ち度で芹沢鴨の宿が用意されてなくて、芹沢が怒ったと云われている本庄宿。だから新選組に触れてくれるかと少し期待していたのですが、全く触れず残念(苦笑)。しかしあの中山道を山南敬助たちが京に向かって歩き、本庄宿に泊したのは確か。

さて今週末くらいにはパソコンからインターネットができる環境に戻れると思います。それまでしばらくお待ちくださいませ。
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by eri-seiran | 2006-11-22 00:10 | 身辺雑記 | Comments(0)

中岡慎太郎

この方、好きなんです。
坂本龍馬を主人公にしたものを観たりすると、どうしても龍馬よりこちらの方の方が気になるんです。やはりNO.2が好きになるタイプのようです。
残した笑顔の写真はステキだな~
今日は、その中岡慎太郎の命日です。慶応3年(1867年)11月15日、近江屋で坂本龍馬と共に襲われて、その2日後に亡くなりました。享年30歳。
この方の詳しいことについてはこちらへ

さて、『新選組!』における中岡慎太郎の出番は少なかったですが、慎太郎もいいな~ともちろん思っていましたが、演じた増沢望さんについては全く知らず、2年も経った今頃、調べてみました。
この方のオフィシャルサイトはこちら
何に一番驚いたかと言うと、映画『長州ファイブ』にご出演されているではありませんか!
それも久坂玄瑞。久坂ですよ。久坂。久坂玄瑞も好きなんですよ(笑)。
倒幕派・佐幕派の両方に好きな方々がたくさんいて、ごめんなさい。
しかし一番好きなのは山南敬助ですから。山南敬助です。中岡慎太郎が好き、久坂が好きというものとは比べることはできませんから。

ところでもう10年ほど前でしょうか?
民間の正月ドラマ『竜馬がゆく』での中岡慎太郎を演じたのが岡本健一さん。これもなかなか良かった。そしてこの時の坂本竜馬が、ただ今、坂本竜馬や中岡慎太郎の出身地である土佐の初代藩主となる山内一豊を演じている上川隆也さん、『新選組!』で総司の姉ミツを演じた沢口靖子さんがおりょう、そして同じく『新選組!』で桂小五郎を演じた石黒賢さんがここでも桂小五郎でした。

さて山内一豊が土佐入りすることになり、それまで領地を治めていた長宗我部や多くの家臣たちは去りますが、残っていた一部の武士や豪農たちと山内家の間に色々とあったようです。その辺りは次回の『功名が辻』で描かれるみたいです。楽しみ。
そして山内家の元々の家臣たちは上士、長宗我部の家臣で土佐に残った者たちは郷士という形で区別をつけた。
それから約260年後、幕末、日本の歴史を動かした土佐藩出身らである武市半平太、坂本龍馬、中岡慎太郎たちは郷士の身分でしたから。土佐藩でのこの上士と郷士の身分の差は色々とあったようです。
と言うことで、幕末を語るには、やはり関ヶ原から。

中岡慎太郎の命日から、話しが色々と広がってしまいましたが、とにかく今日は旧暦での中岡慎太郎の命日です。ちなみに新暦では、12月12日になります。
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by eri-seiran | 2006-11-17 09:47 | 歴史 | Comments(4)

山南敬助のお顔

来年のカレンダーは1個だけ購入済みであり、それは以前にも記事にした新選組全史の卓上カレンダーです。
表紙に大きく、そして12月から始まる一ヶ月カレンダーの上の部分に小さく、近藤勇と土方歳三の写真が印刷されています。
現在、パソコンの横にそのカレンダーを置いているのですが、最近、パソコンに向かうたび、このカレンダーを見ながら思うのです。
もし戊辰戦争近くまで怪我や病気をすることなく、あるいは近藤や土方と意見の食い違いがなかったら、新選組の大幹部の一人として生き、彼らと同じように山南敬助も写真を残したかもしれない。
もしかしたら、このカレンダーに3人目として顔が載ったかもしれない。近藤を真中にして、脇に両副長、或いは総長と副長。
3人目の方はどんなお顔だったろう?
パソコンに向かう時、そんなことを考えています。

山南敬助は仙台の人でした、丈は余り高くなく色の白い愛嬌のある顔でした。

                          子母澤寛の「新選組遺聞」より
                                  (中央文庫)

八木為三郎が語ったと云われています。
これだけを読むと、写真が残っていなくて良かったとファンとしては思ったりもするのですが・・・複雑なところです(苦笑)。
しかし子どもであった為三郎にとって愛嬌のある顔ってどんな顔だったのだろう?

このわずかな記録から、史実の山南敬助は、『新選組!』で堺雅人さんが演じた山南敬助でなく、『壬生の恋歌』で岸部一徳さんが演じた山南敬助でなく、『実録 新選組』で中野英雄さんが演じた山南敬助でなく、映画『新選組』(1969年)の中村梅之助さんが演じた山南敬助が一番近いな~と私的には思っています。中村梅之助さんのお顔を愛嬌があるとは言えないと思うのですが・・・
またこの中村梅之助さんが演じた山南敬助はキャラクター的にも史実の山南敬助もこんな部分があっただろうな~と、思ったりもしています。
ただ私が観た映像の山南敬助は限られていますので、他にもっと私が思う史実に近い山南敬助を演じた方がいらっしゃるかもしれません。

山南敬助@中村梅之助を思い浮かび、カレンダーの近藤と土方の顔と一緒に並べてみる。悪くはない。
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by eri-seiran | 2006-11-16 09:09 |  山南敬助 | Comments(2)

山南敬助をメインにしたブログです。ホームページ『山南敬助 赤心記』共々よろしくお願い申し上げます。


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