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山南敬助に視点をおいてこの1年を振り返る

2006年という1年を振り返った時、楽しかったこと、嬉しかったこともたくさんありましたが、つらいことなども色々とありました。楽しいこともあるけれど、つらいことなど避けては通れぬこともある、それが人生。
しかし山南敬助に視点をおいてこの1年を振り返った場合、本当に素晴らしい1年でした。

1月に、山南が泊した記録が残っている冬の日野に泊し、佐藤彦五郎宅へ行き、また石田村に行き、土方さんの墓参りをし、山南も浅川に沿って歩いたに違いないと思いにふけながら、浅川に沿って歩いた。
そして同志らが江戸での呑み会を計画してくれて、その呑み会がきっかけとなり、前川邸訪問へということに。あの時に呑み会を計画してくれた同志たち、そして誘ってくださったGさん、本当にありがとうございました。自分で言うのも何なんですが、もうミラクルが起きたと言うしかない。これが山南も訪れた日野に訪れ、土方さんのお墓参りをし、山南も見たと思われる浅川と日野の空を同じように見た後だから、本当に不思議な縁を感じずにはいられない。

そして江戸から帰ってきた翌日に前川邸を訪問。私自身が訪れることが恐れ多くもあり、また脱走に疑問を感じ、どちらかと言えば自刃(自殺)だろうと思っている自分が、切腹したと云われている部屋に立った時、どう感じるのか、恐かったのです。でもこれは行くしかない。訪れて、自分がどのように感じたかなどの記事はこちらより

5月には、ひの新選組まつりを見るために、江戸・多摩へ参上。再度、土方さんの墓参りをすると共に、初めて土方資料館へ。現代の乗り物であるモノレールに乗ったのも、まるで子供のように嬉しかった(笑)。

8月は、念願の小野路村へ。浪士組として上洛する前に、山南が総司と二人で小島鹿之助宅を訪れ、泊した記録が残っている。あ~山南は文久3年(1863年)の1月に訪れたのを最後に、ここに戻ってくることはなかった。小野路村は、山南もこの木を見たに違いない、この階段を上ったに違いない、この小野神社にお参りしたに違いというように、旧態としたものを感じられ、観光地化されてなくて良い。暑かったこと、蚊に噛まれたことも懐かしい思い出よ。
それから近藤勇の襲名披露の野試合が行われた大國魂神社へ。元々の天然理心流のメンバー以外では、唯一山南敬助が参加し、活躍した野試合。
この大國魂神社にて、江戸・多摩における山南敬助のゆかりの地を制覇。

9月は、大阪における山南敬助・新選組ゆかりの地めぐりを実行。これがまた楽しかったのよ。本当に楽しかった。山南が不逞浪士と戦ったと云われている岩木升屋跡や鴻池跡、新選組が大阪での常宿にしていた京屋跡等など。そして新選組のメンバーも京から大阪入りする時に下った大川、また山南、斎藤、総司らが舟に乗って夕涼みをしたと云われる大川を舟に乗って周遊。

そして来年の3月11日に山南忌が開催されることが正式に決定。

とにかくこの1年、山南のゆかりの地をめぐり、色々なことを感じ、思いにふけ、また山南や新選組の話で盛り上がり、とてもとても楽しかった。
そのたびに記事にするのもまた楽しかった。拙い文章で、偏った内容となっていたと思いますが、読んでくださった方々、お礼申し上げます。

さて来年、何が待っているんだろう。
実は山南に関することについて、すでに色々と計画もしております。計画を実行できた暁には記事にしますので。

この1年、拙い当ブログを訪れ、また読んでくださり、コメントを頂いたり、本当にありがとうございました。来年も山南敬助中心でいきますが、堺雅人さんのこと、自分がはまったエンターテインメントなどに関しても書いていくだろうと思います。
というわけで来年もよろしくお願い申し上げます。
そして皆々様、よいお年をお迎えくださいませ。
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by eri-seiran | 2006-12-31 21:35 |  山南敬助 | Comments(0)

副長で始まり、総長で締めた2006年のエンターテイメント

山南敬助主人公のブログでありますが、一番記事の多いカテゴリーはエンターテイメントです(汗)。しかし全体としては山南に関する記事が一番多いんですよ。エンターテイメントも『新選組!』や新選組つながりが多いんですけれどね。

さて2006年のエンターテイメントは、副長で始まり、総長で締め括ったという感じです。つまり山本耕史君主演の『新選組!!土方歳三 最後の一日』で始まり、堺雅人さんの舞台『噂の男』のDVDで締め括ったというわけです。
その間、テレビは、『出雲の阿国』、『時効警察』、『マチベン』、『てくてく旅 東海道五十三次完全踏破』、『Dr.コトー診療所2006』等など。映画では、『THE有頂天ホテル』、『LIMIT OF LOVE海猿』、『ゆれる』、『ハチミツとクローバー』等など。舞台は『12人の優しい日本人』、『噂の男』、『オレステス』、『tick,tick...BOOM!』、『當る夷歳 吉例顔見世興行 東西合同大歌舞伎 十八代目中村勘三郎襲名披露』等などを観ました。そしてはまりました。
あ~久しぶりに生の落語も聞きに行きました。ライヴは、5月に日野にての山本耕史君のミニライヴが唯一かな?
FIFAワールドカップも、前回、前々回同様にトーナメントになってから、私の中では盛り上がりました。
色々なものにはまり、楽しんだという次第です。そして元気や幸せを分けてもらいました。

今年を振り返って、一番驚いたのが映画館で洋画を1本も観ていないということ。多分、観ていない。これは私の人生においてすごいことですよ。洋画が好きで、映画館で邦画を観なかった年はたくさんあるけれど、洋画を観なかったなんって、大学生になって洋画にはまってからはなかったこと。それは、今年の自分の優先順位において、洋画が低くなってしまったんでしょう。
そして今年になって、また多くの役者さんたちも知ったし、はまりました。只今、橋本じゅんさんと片岡孝太郎さんにちょっとはまりそう。いや~はまっています。もっと早くにこの二人にはまっていたら、1月に江戸にて、『NODA・MAPロープ』と『寿 初春大歌舞伎』を観に行けるようにチケット争奪戦に参加したのに。『寿 初春大歌舞伎』の方は、日によってはまだチケットがゲットできるようですが、片岡孝太郎さん、昼の部、夜の部それぞれに1回のご出演なので、旅費代、チケット代を考えると、ちょっと。今回は諦めます。今後、観に行ける機会はたくさんあるだろう。

さて2007年の観るテレビ番組について、まず『風林火山』、『ヒミツの花園』、『華麗なる一族』は決定。
そして先ほど、知ったのですが、遅すぎてごめんなさい。1月22日(月)17時より、毎週月から金曜まで、NHK-hiにて『新選組!』が全49回再放送されるではないですか!久しぶりに訪れたMAGNUM1031にて知りました。こんな時間帯に誰が観るの?月曜日から金曜日まで。
DVDを持っているし、観る必要はないんだけれど、いつでも観られるという気持ちからなかなか観られない。1週間に1回なら、テレビを観て、あの2004年をもう一度という感じになるのでしょうが・・・1週間に5日間はきついよね。しかし予約録画して観ていたら、ごめんなさい。そしてそれを記事にしたら、読んでくださいね(苦笑)。

さて舞台の方は、2月に『地獄八景‥浮世百景』、3月に『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』の観賞は決定。もちろん、11月、12月公演予定の『恐れを知らぬ川上音二郎一座』のチケット争奪戦には参上しますよ。
また堺さんの待機中の映画も2本もありますし。
とにかく来年も色々と楽しめそう。
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by eri-seiran | 2006-12-30 23:38 | エンターテインメント | Comments(0)

堺雅人と山南敬助のそれぞれの青春時代

私にとっては、今日が仕事納めでした。24時間、365日営業なので、交代で勤務。私の勤務は午前中で終わり。し忘れたことはないか確認し、引継ぎをし、職場を後にしました。終わった!とにかく終わった!!という感じです。
そして正月勤務される方々、ご苦労さまです。

現在、仕事に就いており、また辞めようとも思っていない私には、全く関係ないアルバイト・仕事情報雑誌『フロムエー』に堺雅人さんの記事が載っている。こちらより

今回のこの記事を読んでいて、山南敬助と重なってしまいました。それぞれの青春時代と言ったところでしょうか。目頭が熱くなりました(苦笑)。

堺さんが20歳から7~8年、東中野に住んでいたと言う。山南敬助と試衛館との出会いは、山南が20歳前半頃の時であり、上洛するまでで考えると4年から7年ほどの付き合いだったのではないかと思われます(それ以上という見方もあります)。だから試衛館に住み込んでいたのも4年から7年と考えられます。
堺さんにとっては、東中野という微妙な感じが合っていたと言う。
山南にとっては試衛館はどうだったんだろう?それはきっと合っていたんだろう。また居心地が良かったのだろう。合っていなかったら、居心地が悪かったら、そこに居座る必要はなく、身一つでいつでも出て行けば良かったのだから。
そして堺さんは仰っている。

その頃の自分はまだ何者にもなれていなかったし、色のない時代だったんです。

山南もそうだっただろう。その当時、何者にもなれていなかった。試衛館の門人、或いは食客でしかなかった。しかし何者かになりたいという思いはあっただろう。そしてその頃の日本、また山南にとって色の付き始めた時代がやってきた。
だから山南敬助は日本の歴史に名前を残す人物になったのである。
堺雅人さんも名が知られる役者さんになった。
私が堺雅人という役者を知ったのも、また堺雅人さんが一躍有名になったのも、大河ドラマ『新選組!』で演じた山南敬助だったのは言うまでもない。

さあ~今夜は、18時半から堺さんが出演するという『脳内エステ IQサプリ第100回!超特大スッキリ生放送SP!!』を観なければ。
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by eri-seiran | 2006-12-30 16:17 |  山南敬助 | Comments(2)

あの本に、そしてこのカバー

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山南敬助をイメージしたブックカバー。
まあ~なかなか素敵。
実はこのブックカバー、以前に購入して蔵入りしたままでした。今回がお初です。
さてこの山南敬助をイメージしたブックカバーに包まれた書物は、本棚の奥から取り出した司馬遼太郎氏の『燃えよ剣』の文庫本。
以前、読んだのはいつのことだったか、すっかり忘れてしまいました。忘れるほど、表紙のカバーもすっかり色褪せていました。
土方歳三が主人公、土方と山南の関係が私的には辛いこの本に、このカバーをつけちゃいました。

暮れから正月にかけては、実家で過ごします。実家への長距離の移動中、そして正月休みはこの本を読もう。
すでに読み始めているんですけれどね。まだ多摩ですけれどね。
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by eri-seiran | 2006-12-29 21:58 |  グッズ | Comments(2)

諦めないことを教えてくれた方

水が湧き出た井戸があり、この水で走り井餅が作られました。その井戸の近くに走井茶屋があり、旅人たちはそこで餅を食べながらひと休みしたそうです。その茶屋は明治初めまであり、現在は、月心寺となっております。

街道てくてく旅 東海道五十三次完全踏破の旅人であった岩本輝雄さんが、この月心寺に旅の途中で寄っております。この走井茶屋が広重の浮世絵に描かれているのです。

そうです。今年、私がはまったテレビ番組のひとつであり、またこの旅人にはまりました。そしてこの方から諦めないことを教えて頂きました。
最初、この番組を知った時には、東海道だしな~近藤や土方たちなどは歩いた記録が残っているけれど、山南はないしな~なんって思っていたので、まさかあそこまではまるとは思っていませんでしたよ(笑)。
その後の街道てくてく旅 中山道完全踏破はまだすべて観ていないんです。ごめんなさい。録画しておいてはあるのですが・・・ゆっくりと時間があるときに観ます。自分が忙しい時期に放映されていたということもあるのですが、モチベーションがそれほど高くなかった。
中山道を山南敬助が江戸から京まで歩いたのは確かなのですが、この旅は京から江戸ということ。勅使川原さんも前向きで明るくとてもよかったのですが、女性と男性という違いは私にはちょっと影響した。また自分自身のこれまでのパターンから、第二弾になるとモチベーションがちょっと下がることが多い。

さて私がはまり、応援した一人である岩本輝雄さんが、現役選手に幕を閉じました。約2年半、足の故障でサッカーの表舞台に立てませんでした。しかしもう一度ピッチに立ちたいと思いながら、また悩みながら、旅している様子も伺われました。そして奇跡が起こったのです。なんとその旅の終わりに、足の調子が良くなったのです。もちろんもう一度ピッチに立ちたいという思いは強くなりました。この東海道五十三次完全踏破がもう一度ピッチに立つきっかけを作ってくれたのです。観ていた私としては嬉しかった。

この12月のトヨタ・クラブワールドカップの試合でピッチに。そしてデビューした時と同じ国立競技場。チームは負け、シュートも決まらなかったけれど、2年半もフリーのサッカー選手だったとは思えないプレーだった。この2年半の苦労があってピッチに立て、そして自分で決めた引退。自分で納得しての引退。だからこそ、試合が終わった後、とてもいい顔をしていた。
良かった。本当に良かったと思えた。こちらまで、本当に嬉しく思えたし、あの笑顔を見ていたら、こちらまで幸せな気分になれたし、勇気をもらった。そして諦めないことの大切さを教えてもらった。

そんな岩本選手を見ていて、引き際ということについて考える今日この頃。ディープインパクトとかサッカーの中田、プロ野球の新庄、一方でサッカーの三浦とか、野球の野茂とかもいる。
そして時代も何もかも違うけれど、二度と表舞台に立てないまま、また新選組の大幹部という立場だけでなく、まさしく自分の人生の引き際を決めた山南敬助。
それぞれの引き際がありといったところでしょうか。

とにかく、岩本選手、お疲れ様でした。夢と勇気をありがとう。と言うことで、最後は締めたいと思います。
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by eri-seiran | 2006-12-28 22:46 | エンターテインメント | Comments(0)

食べたかもしれない東海道名物

好きだと、その人が京都で黒蜜のところてんを食べたか、大阪で鰻を食べたかなど、どうでもいいようなことが気になったりするわけですよ。
そして旅に欠かせないものは、その地でしか食べられない美味しいもの。それは今も昔も変わらないだろう。ただ、今は、インターネットなどで購入できるから便利にはなったわけですけれど。しかしその地で食べるからこそ、美味しさも増すし、昔からあるものであれば、その地の歴史などあれこれと考えたり。

江戸から京に向かう時の最後の宿場(大津宿)を過ぎたところにある逢坂・追分あたりは、東海道の中でも賑やかであったと云われています。そこに清らかな水が溢れ出る井戸があり、それを走井(はしりい)と呼び、その水で作られた餅が走井餅。江戸時代の中期に生まれ、東海道を歩く旅人たちはこの餅を食べて、縁起をかついだらしい。
1年ほど前、職場の人から頂いて初めて食べたのですが、上品なあっさりした甘さで美味しかったこと。本当に美味しかったのですが、江戸時代からあるものと知って、食べながら、大津であれば、山南敬助も食べたかもしれないと思い、さらに美味しさが増した。浪士組として上洛する時に大津宿に泊したし、私的な考えですが、大津で静養していたかもしれないし。その時に食べたかもしれない。
脱走が史実なら、『新選組!』の山南のように、その時には食べる余裕はなかったと思うのですけれどね。
明里が串団子でなく、走井餅を食べたなら、あんな非常事態の時に、団子の食べ方に悩まなかっただろう(苦笑)。

こちらは、草津宿の名物とされているうばが餅でございます。これも400年くらい前からあるようです。草津宿は、江戸から京に向かった場合、大津宿のひとつ手前の宿場です。ここには、浪士組として上洛する時に泊はしていませんが、通っています。村上俊五郎にいちゃもんをつけられて、山南敬助が烈火のごとく怒ったと云われている所です。その日(文久3年2月22日)、武佐宿を出立して大津宿まで歩いているので、ちょうど真中辺りであることから、草津宿で休憩だったのかな~と思ったり。しかしこの浪士組にうばが餅を食べるほどの余裕はなかっただろう。
そしてこれまでもしつこく書いていますが、草津宿と言えば、本陣に土方・斎藤・平助・伊東の4人が泊した記録が残っています。斎藤や伊東らが酒を飲む中、土方がうばが餅を食べていたことも考えられないわけではない(笑)。
山南・総司・左之助以外は、江戸に帰り、再び上洛しております。泊したという記録は残っていないものの、この3人以外は文久3年(1863年)の2月の上洛以外に、草津宿、大津宿を通ったのは確かなのです。逢坂・追分を歩いたのです。
試衛館派の9人の中で誰か一人くらい、走井餅か、うばが餅を食べたかもしれないよな~と、デパートの銘菓売り場にあったうばが餅を横目で見ながら、そんなどうでもいいことを考えていました(笑)。
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by eri-seiran | 2006-12-27 18:57 |  ゆかりの地 | Comments(4)

DVD『噂の男』についての総括

エンターテインメントにおいて、大河ドラマ『新選組!』一色だった2004年。
今年の2006年は、舞台『噂の男』だった。『新選組!』というドラマに出合わなかったら、堺雅人さんが山南敬助を演じていなかったら、舞台『噂の男』を観ることもなかっただろう。
舞台なので、観たのは8月から9月にかけての4回でしたが、4月に発表があり、それからチケット取りの策を練り、チケット争奪戦に参加し、8月、9月の本番を迎え、12月にDVDが解禁され、そしてDVD鑑賞。10月、11月と休憩はありましたが(一応、DVDの情報はないかと、チェックは行っていました)、『噂の男』に燃えた約9ヶ月間でありました。

8月21日、『噂の男』をパルコで初めて鑑賞した時、内容的にはちょっとという思いがありました。だから残り3回鑑賞予定になっていたものの、正直なところ、3回も観に行かなくてもいいかな~後1回で良かったかもという気持もありました。
しかし大阪公演を観て、次第にはまっていった次第です。

私にとって、この『噂の男』はちょっと『新選組!』と重なる部分があるな~と思う。映像のドラマと舞台という大きな違いがあるものの、役者さんたちが熱かった、だからこそいい作品ができる、その熱さに引き込まれていったというものがあったと思う。
『新選組!』で他の役者さんたちを引っ張っていったのが副長・山本耕史君であったが、舞台『噂の男』では、その役割は座長・橋本じゅんさんだっただろう。

『噂の男』のDVDが届いてから1週間以上が経った。しばらくは舞い上がっていた私。
まず特典映像を観て、本編を鑑賞、次に副音声コメンタリーを数回も聴いた。だって面白すぎるんですもの。めちゃくちゃ面白いんですもの。こんなに面白い副音声コメンタリーは初めて。そして副音声コメンタリーでのネタバレや役者さんたちのそれぞれの評価や思いなどを聴いてから、再度、本編を鑑賞。また観方が変わるし、新たなことに気付いたり。
そして舞台では観られなかった、また気付かなかったしぐさ、汗だくのじゅんさんや堺さん(男の芝居)などを観れた。セミヌードのシーンでは、堺さんの激しい呼吸も感じられ、あ~体力的についらいんだろうな~それでもその後の長い芝居、そして何回も鈴木マネージャーと支配人に入れ替わり、見事に演じるんだから偉い。堺さんだけでなく、みなさん、すごい役者さんだな~と改めて思った。

ここからは、橋本じゅん、橋本さとし、八嶋智人、山内圭哉の4人による副音声コメンタリーからのネタバレ
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by eri-seiran | 2006-12-26 12:48 | エンターテインメント | Comments(0)

『銀魂』に登場している近藤・土方・沖田

子どもに関わる仕事をしており、色々と教えたり、助けたりする立場にあります。しかし当然ながら子どもから教えられたり、助けてもらったり。人間はお互いに支えあって生きている。

このような真面目なことを書いた後に、アニメ『銀魂』について書くのはとても恥ずかしいのですが(笑)。
実は私が新選組ファンであることを知っている歴史好きの子どもが、『銀魂』というアニメに近藤、土方、沖田が出ているよと教えてくれた。
何?それは何なの?山南は出ていないの?と、私が興奮して聞いたことは言うまでもない。
そして私がインターネットで調べ、またそのアニメを観たのは言うまでもない。
週刊少年ジャンプに連載されており、それがコミックにもなり、またアニメになったようである。DSのソフトまで出ているようである。

作品の詳しいことについてはこちらより
とにかく江戸の町に宇宙人がやってきて、価値観も生活スタイルも変わってしまったという話しのようである。
そこには、真選組(新選組ではありません)の近藤、土方、沖田もいたというわけです。また攘夷派の桂も。
数回しか観たことがないので、主人公の坂田銀時と真選組との関係などが良くわかってないところもあるのですが、近藤と土方と沖田のキャラは笑える。史実で云われているそれぞれのキャラを大袈裟に、そして面白くしたら、あんな感じかな~と思ったり。
いつだったか、真選組の密偵として山崎退というキャラクターが登場した。退と書いて、さがると読むらしい。これには大受けして、一人で大笑いしてしまった。

今のところ、山南というキャラクターは登場していないようである。近藤・土方・沖田のキャラクターを観ていると、山南はどんなキャラクターになるんだろう?
そう考えると、観てみたいという気持ちと、いや~山南は遠慮しておこうと思ったり。
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by eri-seiran | 2006-12-25 17:19 |  コミック/アニメ/ゲーム | Comments(4)

1年前の12月24日

は、朝早くからここにいました。
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そうです、京都駅ビル室町小路広場に。『新選組!! 土方歳三 最後の一日』のトークショーに参加するために。
前日から、日本列島を強い寒波が襲い、雪で公共の交通機関も大きく乱れていました。
京都も冷たい風が吹き、時々雪が舞う中、私たちはトークショーが始まる5時間前からここに座って待っていました。
とてもとても寒かったはずだけれど、そんなに感じなかった。そして5時間という時間も長く感じなかった。それは待っている間、『新選組!』、耕史君など色々な話しで盛り上がったから。そしてトークショーのためなら、こんな寒さくらいという気持ちもあった。

2004年、『新選組!』関連のイベントがあちらこちらで開催されましたが、イベントに出遅れ、2004年は全く参上できず。副長と総長のトークショーには遠いからと最初から諦めていましたが、後になって後悔。京都でも伊東と平助、副長と新八のトークショーがありましたが、仕事などの都合で行けませんでした。
私にとって、この『新選組!! 土方歳三 最後の一日』のトークショーは、『組!』関連のイベントとしては、最初で最後になる。これに参上しなかったら、後悔しそう。そんな思いがあり、参上したわけです。
参加してよかった。寒かったけれど、本当に楽しかった。副長の熱いメッセージが聞けて、本当に嬉しかった。

その1年後に片岡愛之助さんの舞台を生で観ることになるとは。この写真は、18日に西本願寺、壬生界隈、そして南座の吉例顔見世興行の参上する前に、駅ビルのレストラン街でランチを済ませた後、こちらの方にもちょっと寄り、その時に撮影したものです。

去年は、このトークショーが終わってから、翌日まで仕事でしたが、自分にとってはこのトークショーがステキなクリスマスプレゼントでした。今年のクリスマスプレゼントは『噂の男』のDVD。それはすでに十分に堪能したので、今日の夜はまだ観れていない『Dr.コトー診療所2006』の最終回を観ることにしよう。
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by eri-seiran | 2006-12-24 19:57 | エンターテインメント | Comments(2)

密かにただ今胸キュン

山南敬助が主人公のブログですので、山南や新選組に関することを書くようにしています。しかしそれ以外の記事も多いですけれどね(苦笑)。我らが総長・堺雅人さんと副長・山本耕史君は特別であり、OKにしていて。
しかし今回、この方についてちょっと書きたくて、書きたくて。
山南敬助つながりと言えばつながりなんですけれど。

山南敬助→『新選組!』→中村勘太郎→片岡孝太郎

今回、吉例顔見世興行を観に行って、この方の女形はなんってステキなんだろうと、ただ今、密かに胸キュンなんです(笑)。昼の部の『寿曽我対面』で化粧坂少将を観た時には、特に何も思わなかったし、気にならなかったのです。しかし今週の月曜日に夜の部に参上した時、『俊寛』での海女千鳥、『乗合船恵方萬歳』での女船頭お浪。なんって綺麗なんだろう。すごく色気があるよ。『乗合船恵方萬歳』で、片岡愛之助さん演じる大工芳松と舞うところなんか、ダブルでステキ。

と言うことで、帰ってから早速、この方について調べてみました。ごめんなさい。歌舞伎役者さんはあまり知らないんです。愛之助さんも『新選組!!土方歳三 最後の一日』で初めて知ったくらいですから(汗)。
調べてみて、ビックリ。2003年秋から2004年の3月まで放映されていた『白い巨塔』で、財前派の佃医師を演じていた方ではないですか!あのいや~な感じの(苦笑)。
それでソウマティのように蘇ってきました。『白い巨塔』を観ていた時にこの方、気になっていたんです。名前からして歌舞伎役者っぽいな~と思って、ちょっと調べようとしていたんです。しかしきちんと調べないまま、『新選組!』に突入してしまい、こちらに気になる、または知らない役者さんたちが多かったものですから、そちらを調べる方に忙しく、そうしているうちに『白い巨塔』は終わってしまい(汗)。

追記
片岡仁左衛門さんの息子さんと知っても、あまりピンとこなかったのですが、片岡仁左衛門さんの以前の芸名が片岡孝夫さんとわかって、そうなんだ!と、びっくり。孝夫さんの方がわかる私。昔の方が、歌舞伎に詳しかったんだ。気付くのが遅すぎてごめんなさい。『俊寛』でお父さんが俊寛を演じているし(汗)。


話は少しずれますが、この時、竹内医師を演じていた佐々木蔵之助さんも知らず、男前のいい役者さんだな~と思っていたら、いつのまにか好きな役者さんの一人になっているし。そう、だから堺雅人さんより、佐々木蔵之助さんの方を役者さんとして先に意識して観ていたことになるんですよ。この頃は、堺雅人さんは山南敬助を演じてくれる方という認識くらいしかなく、作品もきちんと観たことがないというか、『オードリー』をちらちらと観ていたのですが、堺さんも佐々木蔵之助さんも覚えていない(汗)。

話を戻し、『白い巨塔』では、ちょっと嫌なドクターだな~と思いながら観ていたものですから、あのドクターを演じていた方なんだというこのギャップが私的には嬉しいサプライズでした。
まあ~この方ばかりでなく、中村勘太郎君や七之助君も観られたし、また歌舞伎もやっぱりいいな~と思ったり。
そして今回、観たかった『十八代目中村勘三郎襲名披露口上』は見応えがありましたよ。それぞれの口上はちょっと堅苦しい言い方になるのかと思っていましたが、そうではなかったし、それぞれの中村勘三郎さんに対する思い、また中村勘三郎さんの人柄を感じることができました。
中村七之助君、中村勘太郎君の順番が近づいてくると私がちょっとドキドキ。
勘太郎君、南座は今回が初めてなんですって。

この頃、テレビの前に座る時間があると『噂の男』のDVDを観ているのですが、芝居において、舞台『噂の男』とは、相反する位置にある歌舞伎。しかしどちらも『新選組!』に出会わなかったら、観に行くことはなかったかもしれない。歌舞伎にもはまってしまいそう。まず、この片岡孝太郎さんが出演されるものを観たい。三月花形歌舞伎も捨て難いのですが、3月は副長の舞台を観るために江戸へ、そして多摩へと計画しているし、それに山南忌があるから。
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by eri-seiran | 2006-12-23 22:22 | エンターテインメント | Comments(2)

山南敬助をメインにしたブログです。ホームページ『山南敬助 赤心記』共々よろしくお願い申し上げます。


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