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元治元年(1864年)6月の山南敬助らの経過と状況

毎月、恒例にしている『山南敬助らの経過と状況』の記事です。
とは言っても、残っている当時の記録に山南敬助の名前が全く出てこないから、モチベーションが低かったため、なかなか書こうという気持ちにならなかったんです。この記事を書くようになって1年以上が経つのですが、こんな月末ギリギリまで引っ張ったのは初めてのこと。それに『山南敬助らの経過と状況』とは言っても、山南敬助については想像するしかない。

江戸に行く前にこの記事を書いておかないと、一層書けない状況になっちゃうよとは思っていたのですが、案の定、その通りになってしまいました(汗)。でもこの記事はどんなことがあっても来年の2月までは続けたい。山南に、そして新選組にどのようなことがあったのか、改めて確認しておきたいし、2年続けて書くことで、山南が京で過ごした2年という年月の長さを感じたいから。

ということで、簡単になっちゃいますが、書きます。大きな出来事と気になる出来事のみにしときますね。

6月5日 池田屋事変が起きる。山南敬助は不参加。

新選組の名を有名にした池田屋事件です。早朝に桝屋喜右衛門こと古高俊太郎が捕縛され、桝屋の蔵から具足や火薬などの武具や書状が見つかりました。そして古高は屯所で尋問を受けました。
過激な浪士らが襲撃事件を計画していることが判明し、新選組は事件を未然に防ぐために、その過激な浪士らが集まると思われる宿を探ったところ、池田屋にて会合が行われおり、そこに近藤勇の率いる永倉新八、藤堂平助らなどわずかな人数で突入したのでございます。
その後、土方歳三や井上源三郎が率いる隊が到着したそうです。
残党狩りなどが行われ、新選組が屯所に帰ったのは翌日のお昼だったと云われています。
そして新選組の主な隊士で参加しなかったのは、山南敬助、尾形俊太郎、山崎烝などがいます。

6月7日 会津藩より池田屋事変のご褒美として、金五百両を頂く。
      祇園祭が行われる。

6月8日 近藤勇、近藤周斎ら宛に書簡を記す。


池田屋事変のこと、会津藩から500両頂いたこと、またその喜びを書いています。山南のことには触れていません。

6月10日 明保野亭事件が起きる。

東山にある料亭明保野亭に不逞浪士が集合しているという情報が流れてきたために、武田観柳斎や浅野藤太郎(薫)ら新選組の隊士と会津藩が向かいましたが、不逞浪士はいないことが判明。しかしその時、会津藩の柴司が誤って、土佐藩の麻田時太郎に対して槍で傷を負わせてしまったのです。
会津藩と土佐藩の関係に影響を与えるということで、柴司も麻田時太郎も自刃しました。土方歳三は享年21だった柴司の死をとても悲しんだと云われています。

6月13日 柴司の葬儀に土方、武田、浅野らが参列する。

武田と浅野は弔歌を詠んでいます。文学師範だったと云われる武田の唯一残っている歌であります。

我もおなし 台やとはんゆくすえは
  同し御国に あふよしもかな


山南敬助が亡くなった後、伊東甲子太郎が弔歌を詠っていますが、武田は山南に対しては詠まなかったのだろうか。

6月20日 土方歳三、佐藤彦五郎宛に書簡を記す。

山南のことには触れていません。

6月24日 勝海舟、池田屋事変の報せを聞いて、新選組を批判。

勝海舟にとって、門弟であった土佐脱藩の望月亀弥太を失った悲しみは大きかったようです。
大河ドラマ『新選組!』では、坂本竜馬@江口洋介が望月亀弥太@三宅弘城の死をとてもとても悲しんでいたシーンがありましたね。

ということで、以上が元治元年(1864)6月の状況と経過です。

あ~山南敬助よ、幕末を揺るがす大きな事件が起きた時、そしてその事件によって新選組の名を世間に知らしめた時、あなたはどこにいたの?

大坂で不逞浪士と戦い、重傷を負ったと思われる山南敬助。その事件が彼の人生に大きな影響を与えた、そしてその怪我の後遺症で池田屋事変には参加できなかったと私はみています。
そんな彼に再び大きく影響を与えたものがあるとしたなら、この池田屋事変だったのではないだろうか?この記事を書きながらそう思いました。
彼が池田屋事変をどのように受け止めたかはわからない。しかし試衛館派のメンバーの中で一人だけ、池田屋事変に参加できなかったのは事実。
そしてこの時、彼は京に居なかった、少なくとも屯所にはいなかった、それについては以前からそう思っていたのですが、やっぱり居なかったのではないだろうかと改めて思った次第です。
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by eri-seiran | 2007-06-30 22:24 |  出来事 | Comments(0)

劇場巡り@江戸編

今回の江戸行きのメインは歌舞伎鑑賞だったわけですけれど、気がつけば、まさしく江戸における劇場巡りとなりました。

江戸に着いた1日目の24日は、『双蝶々曲輪日記―引き窓―』の千秋楽を国立劇場の大劇場にて鑑賞しました。ここは初めてでしたが、迷うことなく、スムーズに行けました。
初めての所にはやはりどこかに緊張感があり、好きな人に逢える嬉しさとその緊張感がミックスして、心地良い。
お早@孝太郎に逢いたいがために、江戸まで行くことにちょっと迷っていたので、チケット発売の開始日からいくらか日が経ってからチケットをゲットしたわけですが、その割には近くて良い席で観られました。また劇場全体としても観劇しやすい所だな~と思いました。
17時前に終わり、そこから宴がある赤坂見附へ。メンバーはレッドさんにかろひさんにふみさん。
何故、孝太郎さんにはまったの?とか、お早@孝太郎はどうだった?という質問に、よくぞ聞いてくれましたとばかり、嬉しそうに話す私(笑)。もちろん、『新選組!』など他の話題でも盛り上がり。

2日目は、その日の歌舞伎座での『六月大歌舞伎』の夜の部を一緒に鑑賞することになった七織さんとお昼過ぎに日比谷駅で待ち合わせ。七織さんの提案で、今年の11月、12月に堺雅人さん出演される、ただ今、建設中のシアタークリエを監察にいくことに。
はい、こちらが建設中のシアタークリエです。
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外観はほぼできあがっており、びっくりしました。とにかくこれで11月か、12月に一人で迷うことなく来れそうです。チケットが取れたらの話しですけれどね。
私、今回の江戸にて堺さん出演の舞台『恐れを知らぬ川上音二郎一座 The Fearless Otojiro's Company』の料金を教えてもらい、ちょっとびっくりしたのですが、はい、それでも行きますよ。
シアタークリエと道を挟んだ所にも劇場ありました。七織さんが教えてくれなかったら、劇場だと気付かなかった私(汗)。
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奥が日生劇場に手前が東京宝塚劇場
そして近くには帝国劇場も。こちらはただ今、ミュージカル『レ・ミゼラブル』が上演されており、ジャン・バルジャンは4人の役者さんが交替で演じているそうで、私たちが横を通り過ぎた時には橋本さとしさんが舞台に立っているとのことでした。他に近くには映画館もあり、まさしくエンターテイメントエリアでした。

歌舞伎座に向かって歩き、途中、お茶をして、堺雅人さんと松嶋屋で盛り上がりました。七織さんは歌舞伎ファン歴は長く、また片岡仁左衛門さんのファンで、だから松嶋屋、孝太郎さんにも詳しい。色々と教えてもらい、お勉強させて頂きました。

はい、そしてこちらが歌舞伎座でございます。
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京都の南座と同じで、メイン道路の前にドーンとあるので、すごい人混み。幕見席をゲットするために並んでいる人たちもいました。私はこのチケットは5月の末に南座に行った時にゲットしておいたのですが、こちらの方で大阪松竹座での七月大歌舞伎のチケットを切符引取機にて受け取っておきました。

中に入り、席を確認してから、七織さんに歌舞伎座の中の1階から3階まで案内してもらいました。すごい!南座や大阪の松竹座とは規模が違う。売店も大きいし。色々な品が売っているし。すごい!!私はすっかりお上りさんになり、完全に舞い上がっておりました。そして案内してもらったお陰で、幕間もスムーズに行動できました。
とにかく、これまで京都の南座とか、大阪の松竹座、また金比羅の金丸座とかで鑑賞してきたこともあって、何においても規模が違うな~と思いました。それがよくもあったり、そうでなかったりするところもあるのかな・・・と、舞台を観終わった後には思った次第です。

歌舞伎終了後、仕事を終えてから歌舞伎鑑賞に駆けつけたふみさんと3人でお茶をして、劇場巡りも無事に終了した次第です。
そして歌舞伎座での鑑賞が終わった時点で、8月の歌舞伎座での孝太郎さんに逢いに来ようと心に決めました(笑)。

江戸に行くと、2004年以降は舞台鑑賞ということをメインにしながらも、山南敬助&新選組ゆかりの地巡りばかりしていたので、今回の劇場巡りは新鮮で、とても楽しかったです。

『双蝶々曲輪日記―引き窓―』と『六月大歌舞伎』の感想も一緒に書くつもりでいたのですが、これについては後日に。でも期待はしないでね(汗)。
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by eri-seiran | 2007-06-29 22:18 | エンターテインメント | Comments(2)

競争率の高い舞台のチケットがゲットできた気分

どうしても観たい舞台がある。しかし競争率が高い。だから策を練り、先行予約など順番に挑戦していく。一回目はゲットできず、しかし何度目かの挑戦で、なんとかチケットをゲットすることができた。良かった。良かった。嬉しい。嬉しい。
ただ今、そんな気分です。そう、去年の『噂の男』のチケットをゲットするために、策を練り、順番に挑戦していき、無事に東京公演も大阪公演も観劇することができました。

しかし今日は、チケットがゲットできた話ではなく、観たいニュースが観れたという話です。
そのニュースが昨日の夕方に関西版では流れるだろうとは思っていたのですが、昨日から今日の午後まで仕事でテレビなんって観れない。どこのニュースで流れるかもわからない。おまけにDVDのハードディスクは一杯いっぱいの状態。
だから一昨日の夜はハードディスクの整理をし、そして関西版のニュースや情報番組で流れるだろうと思い、6~7本ほどでしょうか、番組を予約しました。同じ時間帯に関西版のニュースが流れたりするので、どの放送局にしようか悩んだりしながら、これだけですごいエネルギーを使い果たしたって感じです。

そして先ほど、仕事から帰ってきて、ランチを取りながらチェック。なんとNHKの関西版のニュースで映りましたよ。あれだけのエネルギーを使ったのだから、そりゃ一本くらい引っかかってもらわないと。結局は同じNHKで同じ内容で2本。
まさしく観たい舞台のチケットが当たった気分(笑)。

それでなんのニュースかと言いますと、こちらの記事で書いた大阪松竹座での七月大歌舞伎を前にしての船乗り込みのイベントです。
今日の朝日新聞の朝刊にも載っておりました。

テレビのニュースでは、片岡仁左衛門さんが乗っている船と共に見覚えのある川と川沿いに建つビルが映り、あれは私も船に乗って通った、土佐堀川か、大川だ。

朝日新聞に載っている写真はちょっとわかりにくいのですが、これはテレビでも映りました。片岡孝太郎さんを真中にして、愛之助さんに市川海老蔵さんのスリーショットなんです。
『鳴神』では、海老蔵さんが鳴神上人で孝太郎さんが雲の絶間姫、『鳥辺山心中』では、愛之助さんが菊地半九郎で孝太郎さんが若松屋遊女お染、そして『女殺地獄油』では、海老蔵さんが河内屋与兵衛で孝太郎さんが女房お吉に愛之助さんが豊嶋屋七左衛門。
あ~早く観に行きたいよ。私の鑑賞日まで後10日余り。

あまりにも嬉しくて、先ほどまであった仕事の疲れも吹っ飛んでしまいました。はい、単純ですから。
そして喜びの勢いに任せ、山南に遠慮もなく、思いっきり書いちゃった(苦笑)。
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by eri-seiran | 2007-06-29 14:36 | エンターテインメント | Comments(2)

江戸より帰着

江戸を9時台の新幹線で出立して、12時過ぎに我が家に帰着しました。昼食を取って、それから少し休んで仕事へ(涙)。
山南敬助のゆかりの地を訪れるために、山南敬助関連の書籍を購入するために、堺雅人さんと片岡孝太郎さんの舞台を鑑賞するために、さあ頑張って働きましょう。働きましょう。
私は何か目標がないと駄目で、江戸行きが終わった次の目標は、7月の大阪松竹座での七月大歌舞伎でございます。キャーこれも楽しみ(笑)。

今回は結局、江戸にて山南敬助&新選組ゆかりの地を訪れませんでした。2004年以降、江戸を訪れて、ゆかりの地巡りをしなかったのは初めてのことではないでしょうか。うん、初めてです。
はい、予定していた第二弾山南敬助が歩いたかもしれない道を歩こう~試衛館跡から伝通院まで~は延期となりました。行く前に状況によっては延期するかもしれませんと書きましたが、やっぱり寒さを感じられる季節に歩きたいな~と思いまして。

ただ、江戸にて全く山南敬助&新選組関連がなかったわけでもないのです。
私は童門冬二さんの『新撰組 山南敬助』(学陽書房)をインターネットで購入したので、本屋さんにてこの本が並んでいるのをまだ見ていなかったです。これはぜひ拝んでおかなければと思っていたのですが、こちらではなかなか本屋さんに行く時間がなくて。
そこで東京の本屋さんでチェックしてきましたよ。見つけた時の感動は言うまでもありません。記念写真を撮りたいほど気持ちだったのですが、そういうことはできませんので諦め、また購入したい気持ちもあったのですが、自分はすでに昔の単行本と今回の文庫本と2冊持っているので止めました。

それから2日目の午前中は新宿でショッピング。再び本屋さんの歴史物の書籍があるフロアーに行きました。もちろん新選組関連で面白いものがないかチェックしたかったわけです。幕末コーナー、或いは新選組コーナーとして、新選組関連の随筆本が置いてあるのはもちろんよくありますが、ここの本屋さんでは、新選組・近藤勇・土方歳三・沖田総司の四つに分類されて置いているではありませんか。さらに会津藩もあるではないですか。幕末全体で新選組・会津藩が占めている割合が大きい。これはすごい。山南敬助はなかったけれど(苦笑)。山南敬助だけの随筆本はありませんから、これは仕方ない。永倉新八、斎藤一関連は新選組のところにありました。とにかくこれは感動でした。
そしてちょっと興味のある本があったので、2冊購入。

さて、今回の江戸行きは国立劇場での『双蝶々曲輪日記―引窓―』鑑賞で始まり、歌舞伎座での『六月大歌舞伎』で締めくくったように、気がつけば、まさしく江戸の劇場巡りとなった旅でした。2日目の午後、歌舞伎座に行くまでに、予定外の劇場巡りというものができ、とても楽しかったです。

この劇場巡りは歌舞伎鑑賞の感想も含め、後日に詳しく。

とにかくリフレッシュできました。
最後にお忙しい中、江戸にてお付き合い頂いた方々、ありがとうございました。
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by eri-seiran | 2007-06-26 22:06 | 身辺雑記 | Comments(6)

明日より東へ

お江戸、つまり上京します。2泊3日の旅です。
今回のメインは国立劇場での『双蝶々曲輪日記』のお早@孝太郎に逢って、そして歌舞伎座での六月大歌舞伎の夜の部を鑑賞してきます。
2004年以降、プライベートにおける上京のメインが、堺雅人さん、耕史君の舞台、山南敬助&新選組関連以外であるのは初めてのこと。

ただ表向きは歌舞伎鑑賞と言いながら、いつものように他のことも忘れない。
今回は、第二弾山南敬助が歩いたかもしれない道を歩こうということで、試衛館跡から伝通院まで歩こうと計画しています。第一弾がこちらです。そうです、大久保道場跡から試衛館跡まで歩きました。その時の宿は大久保跡道場跡近くにしました。

今回の宿も試衛館跡近くに取りたかったのですが、なかなかこの辺りにはないんですね。それで条件を1㎞以内に広げてみたら、曙橋駅(私にとっては初めて聞く駅名)近くの宿になりました。地図を見る限りでは、試衛館跡もそれほど遠くないですし、国立劇場や他に行こうと思っているところもそんなに離れていないようです。
これは25日(月)の午前中に計画しているのですが、天気が怪しいし、気温も上がりそうですし、状況によっては延期するかもしれません。
山南敬助らが浪士組に参加するために、試衛館から伝通院まで歩いたのは、寒い時期だから、11月か、12月に堺雅人さんご出演の舞台『恐れを知らぬ川上音二郎一座 The Fearless Otojiro's Company』を鑑賞するために上京した時でもいいかな~と思ったり。まあ~チケットが取れたらの話ですけれどね。

私は、突然、自分の生活エリアから脱出したくなることが時々やってきます。脱走でなく、脱出ですよ(苦笑)。でも脱出したいと思っていても仕事があるから、すぐにはできず、脱出したい、脱出したいと思っているうちに脱出病はなくなるのですが、この1週間ほど、脱出したい、脱出したいと思っていました。
今回はありがたいことに、5月から予定していた東京行きに間に合いました。
だから今、とてもとても幸せな気分なんです。
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by eri-seiran | 2007-06-23 23:33 | 身辺雑記 | Comments(0)

堺さんの今後

堺雅人さんご出演のドラマが終わちゃった。
前回の2回分を今週に入ってから観て、最終回をリアルタイムで観られる体制にしておいたのですが、当日になって、リアルタイムでは観られない状況になり、今朝になって観ました。

ドラマ自体には最後までモチベーションは上がらなかったけれど(汗)。
蒔田二郎@堺雅人さんは良かった。後半は萌えちゃった(笑)。後、中川京子@井川遙、森信子@田畑智子も良かったな~

さて『Dr.コトー診療所2006』、『ヒミツの花園』、『孤独の賭け~愛しき人よ』という民間での3ヶ月クルードラマ続けての出演も3本目で終わりか?
この3本の中では、ドラマ全体と堺さんの両方に視点を置いて考えた場合、私的にはやはり『ヒミツの花園』が好き。
『Dr.コトー診療所』は最初から好きで観ていたが、2006はちょっとという感じになっちゃった。

と言うことで、堺さんの今後なんですけれど、DVD『やさぐれパンダ』の発売とか、映画『スキヤキ・ウエスタン・ジャンゴ』『壁男』の公開などが待っているが、本人のこれからの仕事と考えた場合、今のところ、11月からの舞台『恐れを知らぬ川上音二郎一座 The Fearless Otojiro's Company』ですよね?
10月は舞台の練習とかが入ってくるだろうし、それまでに何かないかな?

先日、堺雅人でインターネットサーフィンをしていたら、約1年前に何回も見たこちらのサイトがまだありました。改めて、動く堺雅人を観ながらニヤニヤ。
そして舞台『噂の男』のストーリーと登場人物の紹介を改めて見て、この舞台のストーリーが大きく変わったのを再確認した次第でございます。
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by eri-seiran | 2007-06-22 10:34 | エンターテインメント | Comments(2)

500件目の記事は山南の命日について

ブログを始めて、約1年8ヶ月になります。そして今日の記事が500件目の記事となります。1年8ヶ月で500件という記事が多いのが、そうでもないのがよくわかりません。これまでの499件の記事において、山南敬助のすべてという山南についての各カテゴリーの記事が364件です。それ以外にも新選組、エンターテインメント、身辺雑記などにおいて山南にもつながることも書いています。山南について純粋に書いている記事だけでも364件ということには、我ながらすごいな~と思ったり。だから何について書いたか、わからなくなってもきているんですけれどね(汗)。

さて、昨日は土方歳三の新暦での命日でした。旧暦であれば5月11日ですが、新暦では6月20日になります。
山南忌での釣洋一氏の講演で、明治5年までの和歴は西暦換算することが大切だと仰っていました。私もそうだと思います。こんな気候の時に亡くなったんだな~とか感じることは大切。例えば春がそこまで来ていたのにとか。しかし旧暦で考えることも大事だと思っています。

文久3年(1863)2月23日に山南敬助たちは浪士組として上洛しました。それから2年後の元治2年(1865)2月23日に山南敬助は亡くなりました。浪士組として京に着いてからちょうど2年後。
しかし西洋換算して新暦で考えた場合、浪士組として上洛したのは4月10日。山南の命日は、新暦では3月20日になります。わ~2年よりちょっと短いじゃん(涙)。
このように新暦で考えた場合、ちょうど2年ということにはならないんです。だから、旧暦で考えることも大切だと思うんです。

浪士組として京に着いてからちょうど2年後に亡くなったということには意味があると思っているんです。ただの偶然で終わらせたくないという気持ちがどこかにあります。
偶然だよと言われれば、そうなんですよねとしか、言いようがないのですが(汗)。
でもやっぱり偶然で終わらせたくない。

500件目の記事は山南敬助の出来事となり、これで山南敬助のすべてについての記事は364件から365件となりました。
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by eri-seiran | 2007-06-21 07:46 |  出来事 | Comments(2)

謎と考察~出身地~をアップ

ホームページ山南敬助 赤心記謎と考察をアップしました。出身地についてです。
これは、こちらの記事に付け足したり、余計な文章を省いたりして、編集したものです。

本来なら、順番的には新選組について書くべきなのでしょうが、私の一番苦手と言えるかもしれません(汗)。
それに私などが新選組について書くのも恐れ多く。私以上に知っている方々が多くいらっしゃいますし、私が書ける程度のものなら多くの方が知っておられるでしょうから、わざわざ書かなくてもいいような気もしています。しかし山南敬助を語る上では避けては通れぬ道ですから。

謎と考察についてはこちらの記事に色々と書いてきているので、アップしやすいところがあります。偏った考察をしておりますが(苦笑)。

ゆかりの地についても記事がありますので、編集すればアップできるのですが、問題は写真です。多摩と大坂の写真の一部を消去してしまいまして(汗)。また写真の加工などがうまくいかなかったり。

取りあえず、アップできるところからぼちぼちとやっていきます。
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by eri-seiran | 2007-06-19 13:23 | 山南敬助 赤心記 | Comments(0)

第1回山南忌が行われた年に第33回総司忌

参加された方の記事を拝読させてもらったところ、昨日の17日の日曜日、専称寺にて第33回総司忌が無事に行われたようです。
昨年の第32回総司忌にて、平成19年の3月に第1回山南忌が行われると正式発表があってから1年。
その頃から一度、総司忌に行ってみたいと思っていました。
1年のうちその日にしか墓参できないから。それが大きな理由です。
そして今年の3月11日の山南忌に参加してから、その思いは強くなりました。
しかし昨日は仕事でどうしても都合がつかず、諦めるしかありませんでした。都合がついたら、今度の日曜日と月曜日に東京で鑑賞する歌舞伎のチケットも総司忌に合わせて取りましたよ。今度の日曜日だったら、休みだったんだけれど(涙)。

今年、第1回山南忌が行われた年に、第33回総司忌が行われたことに、なんか不思議な縁を感じてしまう。偶然のなにものにも過ぎないんだけれど。

私、勇忌、歳三忌、総司忌って、みんな同じくらいの回を重ねていると思っていたんですけれど、勇忌って今年で第4回だったのね。ちょっと驚きでした。と言うことは、勇忌って大河ドラマ『新選組!』が放映された2004年が第1回だったのね。
5月に行われた歳三忌は総司忌より1回少ない第32回。

第1回山南忌が行われた年に第4回勇忌というのも、何か不思議な縁を感じてしまうのは私くらいかしら。第4回で近藤、土方、総司に出会い、第33回で自ら死を選んで彼らに別れを告げた大河ドラマ『新選組!』の山南敬助。

とにかく、来年は第2回山南忌に参加して、第34回総司忌に行ってみたいものです。
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by eri-seiran | 2007-06-18 22:28 |  同志たち | Comments(0)

何時間もパソコンに向かっていたけれど

あまり変わっておりません。
ホームページ山南敬助 赤心記を更新しようと思ったのですが、一応したのですが、トップページがちょっと変わっただけ(苦笑)。
挨拶も作り方を変えて、ちょっときれいになったと思うのですが・・・
そんなに変わらないかしら?
内容は一応そのままですが、誤字があることに気付いちゃって、そこだけ訂正。ごめんなさい。

以前のトップページが良かったかな?まあ~お試し期間ということで(苦笑)。

これだけにどうして何時間も掛ったかと言うと、自分は興味あるものはちゃんと読むのですが、電化製品など購入した時の説明書を読むのは嫌い。ちゃんと読まない。使っていくうちにわかるだろうと。だから携帯電話なんかでも、1年以上経ってから、あらこんな便利な機能が付いているんだと気付いたり(汗)。

今回のホームページもそう。作っていくうちにわかっていくだろう、慣れていくだろうと思っていて、ちゃんと読んでいない。ぶつかったら本を開き、パソコンと本とにらめっこしているのよね。

とにかくそんな状況です。
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by eri-seiran | 2007-06-18 01:52 | 山南敬助 赤心記 | Comments(0)

山南敬助をメインにしたブログです。ホームページ『山南敬助 赤心記』共々よろしくお願い申し上げます。


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