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大河ドラマを通しての私の歴史

『組!』の同志であるふみさんから教えて頂きました。
来年にて大河ドラマが50作目となるのを記念して、来年の1月2日に大河ドラマ50~見せます!大河のすべて~という特別番組があり、好きな大河ドラマの投票を受け付けているとのことです。
投票受け付けはこちらより

大河ドラマの一覧表を見ながら、どーもくんの『歴史ドラマにも、歴史あり』という言葉にとても納得しました。そしてそれは私の歴史でもありました。
自分が初めて見た大河ドラマは『新・平家物語』。きっかけは歴史好きの父親が見ていたため。そしてそれがきっかけで歴史好きになりました。それ以後、録画機はなかったものの、『おんな太閤記』まではきちんと見ていました。『峠の群像』はとても見たかったのですが、見られる環境でなく、見たり見なかったり。それ以後は自分も忙しかったり、興味の幅も色々と広がったり、ドラマ自体が今ひとつだったりして見たり見なかったり。しかし『独眼竜政宗』は欠かさず見ました。それから『太平記』、『炎立つ』、『花の乱』、『毛利元就』、『元禄繚乱』、『利家とまつ〜加賀百万石物語〜』は最初から最後までほぼ見ました。
そして平成16年(2004)に『新選組!』と出合ったのです。大河ドラマで新選組が取り上げられると知った時からそりゃ嬉しかった。
予想していなかったことが起きたドラマでした。色々とありますが、一番はこのドラマのお陰で山南敬助の知名度が上がったことでしょうか。またドラマを通して多くの人との出会いがあったこと。
『独眼竜政宗』を見ていた時には考えられないことでした。インターネットがある現代だからこそできたことです。しかしインターネットがあっても、『組!』が放映されていなかったら出会っていなかった。またあのような素晴らしい作品、三谷さんの脚本にあの役者たちだったからこそ出会えたというものもあります。土方が耕史君でなく、山南が堺さんでなければ出会っていなかっただろうという方々も多くいますし、土方@耕史、山南@堺だったからこそ、土方と山南のそれぞれの気持ちに寄り添い、涙し、かけがえのないドラマになったのです。

さて投票の受付は放送当日までだそうです。私もまだなんです。
300文字以内のコメントでどれだけ思いが伝えられるか。
ただ今、バタバタ状態なので落ち着いてから投票します。
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by eri-seiran | 2010-11-25 17:19 |  ドラマ/映画/舞台 | Comments(8)

土佐における幕末ゆかりの地巡りー其の弐ー

土佐における幕末ゆかりの地巡りの続きです。
龍馬が生まれた地から歩いて200mほどのところ、ランチを食べた城西館の裏にある龍馬の生まれたまち記念館です。
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こちらの記事で書いていますが、『組!』の龍馬にも会えた所です。1階の展示館に入ると、「まっことよう来たねぇ」と土佐弁で龍馬少年が温かく迎えてくれます。龍馬の生まれたまち記念館という名の通り、土佐から、また家族から見る龍馬であり、これまでとは違った視点から龍馬を見ることができます。建物も新しくきれいで木材で作られていて、シンプルで温かい施設でした。何よりも『組!』の龍馬もいるということが嬉しい(笑)。
ここから鏡川に向かって300mほど歩いた所に龍馬が通った小栗流武術の日根野道場があったとされる場所で、今は閑静な住宅街となっていました。この辺りのどこからしい。
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龍馬の家からとても近いので、近所の人たちと挨拶を交わしたり、声を掛けられたりしただろう。

再び龍馬の生まれたまち記念館まで戻って、そこから西に向かって少し歩くと、上町二丁目という所に出て、そこにはまんじゅう屋の家があったそうです。
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龍馬の家から300m前後の所になります。子どもの頃からお互いによく知っていた仲だったんだというのが歩いてみてよくわかる。

上町二丁目から電車に乗って坂本家墓所へ。坂本家墓所は丹中山(たんちやま)の墓地公園にあります。墓地公園はここです。

上町二丁目から三つ目の旭町一で降り、北に向かって歩きます。しばらく歩くと墓地らしい所があり、ポイント、ポイントでこちらですと坂本家墓所を教えてくれる手作りのものが貼ってあります。また歩いていると買い物帰りの年配の女性の方が「坂本家の墓所に行くの?」「この道だよ」と教えてくれました。教えてくれた道を歩き出すといくつかの小さな道に分かれ、悩んでいると先ほどの方が再び教えてくれました。坂本家墓所の横では地元のおじさんたち二人が、「以蔵は・・・・」「○○は・・・」と知り合いのように幕末の土佐の志士たちについて語っていました。そこには私たちが「以蔵は・・・」「龍馬は・・・」と喋っているのと地元の人たちが喋っているのでは距離感が全く違う。もし私が以蔵のことを知らずに地元の人たちが喋っているのを聞いたら、現代の人でこの人たちの知り合いなんだと思うくらい近かった。その近さは羨ましいものがありました。
さて坂本家の墓所はこれまで同じ丹中山の墓地の中で2ヶ所に分かれてありましたが、数年前に1ヶ所にまとめられ整備されたそうです。一か所にまとめて整備と言う点では意見もあったようです。墓は龍馬の両親や継母、兄の権平夫妻、乙女姉さんなど。墓石は昔のままでありますが、見事に整列され、それを囲む石や敷地は新しいので、ちょっと違和感がありました。龍馬は京都に埋葬されましたが、ここに墓碑を作ろうというものはなかったのかな?

墓参を終えて、同じ墓地内にある平井収二郎の墓に行こうと歩き出すと、先ほどのおじさんの一人が、「収二郎の墓に行くの?」と聞いて来ました(苦笑)。「はい」と答えると、親切に道を教えてくれました。坂本家の墓所は上の方にあり、収二郎の墓はそれより下の方なのですが、下ってこの道だと思って歩き出すと、上からおじさんが「違うよ。そっちの道だよ」と教えてくれました。はい、ここの墓地は非常に分かりにくいのです。これは道?私は辿り着けるの?と不安になりましたが、収二郎の墓に辿り着きました。
獄中の収二郎の爪書きの辞世を妹の加尾が墓碑に刻したものの、藩によって消され、維新後に再び加尾が復刻したらしい。
そして同じ墓地に池内蔵太の墓もあったのですが、道がわからずに断念しました。ごめんね。ここの墓地には江戸時代の偉人たちやその家族の墓が多くあるようです。
またこの墓地より西へ少し歩いた所に収二郎と加尾の生まれた地があったのですが、これもスルーしていました。そして反対方向である東に歩いた所には、墓には辿り着けなかった蔵さんと望月亀弥太郎の家があるとのことで探したのですが、これも分からず辿り着けず。
諦めて電車通りに出て、電車に乗り、これはなにがなんでも辿り着けなければならない武市半平太の切腹跡地へ。
                                   
                                      つづく
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by eri-seiran | 2010-11-21 10:07 | 歴史 | Comments(0)

土佐における幕末ゆかりの地巡りー其の壱ー

今日は土佐で買った酒を呑みながら、大河ドラマ『龍馬伝』の第41回『さらば高杉晋作』を見て涙でした。まだそこかい!
完全に開き直っておりまして、今年一杯で見終わったらいい。ドラマは11月で終わるから12月があるじゃないか。やっぱり大河ドラマは12月までかけて見るものだと思う。
と書きながらも私はいい加減な見方をしているのですが、第四部はやはり面白いな~と思います。きちんと見ておくべきだったと今になって後悔しております。そしてもっと早くに土佐に行っていたら、もう少しきちんと見ていただろうと思うのです。
去年より今年は土佐に行こうと決めていたものの、なかなか予定が立てられず、11月入ってさすがに焦り、11月11日~12日を逃したらかなり厳しいぞということになり、行く2日前にここで行こうと決心して、宿を取りました。

土佐は遠いので、朝早くに家を出ないといけなくて、朝一番が最寄りの駅を5時前の電車があって、それならば9時半過ぎに高知に着く予定でした。そうなると4時に起きなければならない。ちょっと早すぎる。目覚まし時計は5時にセットして、最寄りの駅を6時前の電車に乗って10時半過ぎに高知に着けたら良いかと。しかし旅に出るとか、嬉しいことがある日は早くに目が覚める私。目が覚めたのが4時15分。家から駅までは10分。急いで準備すれば間に合うということで、5時前の電車に乗るために起きて、急いで準備をして間に合ったのです。外は真っ暗でした。朝早いので京都発の新幹線はないので、新大阪駅で新幹線に乗り換えて、岡山まで行き、岡山で特急に乗り換えて高知までという行程でした。
新幹線で東へも良く行きますが、西に行った経験も多く、新大阪を利用したことも数多い。
なのに何を考えていたのか、新大阪をスルーして大阪駅で降りてしまい、新幹線乗り場にはどうやって行くんだった?とふと考えてやっと気付きました。新幹線に乗るならば新大阪駅だ!多分に睡眠不足で寝ぼけていたのかと思う。
新大阪駅に引き返したものの、乗る予定だった新幹線はすでに出た後で、その後の新幹線でも岡山で乗り換える特急には間に合ったのですが、その新幹線も出た後で、その後の新幹線に乗りましたが、乗る予定だった特急には間に合わず。岡山駅のコーヒーショップで朝食をゆっくりと取り、結局5時に起きて乗る予定だった電車になってしまい、高知には10時半過ぎに着き、駅では龍馬とおりょうさんが出迎えてくれました。
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高知駅に着いてからはまず荷物を泊るホテルに預けに行きました。駅から歩いて10分弱の所。荷物を預けた後は再び駅に戻り、駅前にある土佐・龍馬であい博のメイン会場へ。
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龍馬の手前には武市半平太、そしてジョン万次郎が並んでいます。龍馬の激動の人生を紹介されていて、またドラマで使った衣装や小道具が展示されていました。また龍馬が愛した海、その海を突き進む船の帆をイメージしたエントランスがあったり、龍馬と繋がりのあった様々な志士たちの紹介、ドラマのメイキング映像をシアターで紹介、着物を着ての記念撮影コーナーなどがありました。

ここを見終わるとランチタイム。ガイドブックに載っていた城西館という宿の中にある思季亭にて『ランチ限定・龍馬御膳』が食べたくて、観光案内所で教えてもらい、MY遊バスのチケットを購入して、路面電車に乗って行きました。
しかし辿り着いたものの、メニューに龍馬御膳ない。お店の人に聞いたら、調理場に聞きに行き、そしてできますとの答えでした。良かった。しかし何故にメニューにはなかったのかな?前菜として高知の珍味にカツオのタタキ、釜めしに味噌汁などなど。
ポン酢で食べるカツオのタタキが美味しかったです。
そしてこの城西館の辺りは龍馬が生まれ、龍馬が幼少・青春時代を送った地です

城西館から路面電車通りを東へ少し歩いた所に龍馬が生まれ地があります。
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大きな石碑であり、すぐにわかります。
歩道を挟んで石碑の前にはこんなものもあります。
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隣のビルには大きな垂幕がこのように。
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高知の人たちが龍馬先生を敬い、愛しており、高知の誇りにしているのが感じられました。
そんな龍馬、明日の11月15日が龍馬の誕生日であり、そして命日ですね。

旅の続きはまた後日。
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by eri-seiran | 2010-11-14 23:11 | 歴史 | Comments(2)

土佐の旅

昨年より今年は土佐に行こうと決めていました。
15年ほど前、職場の懇親旅行で土佐を訪れ、その時は幕末ゆかりの地としては桂浜くらいしか行けず、今度は一人で来て、幕末ゆかりの地をあちらこちら行くんだいと思っていたのですが、それから15年の年月が経ってしまいました。多分に今年、大河ドラマ『龍馬伝』がなかったら、まだ行けていなかっただろう。だって昨年の途中までは土佐より先に長州に行きたいと思っていましたから。

とにかく歩きました。歩きました。万歩計をつけているんですが、1週間に歩く平均的な歩数の3分2以上、2日間で歩きました。だから今日は筋肉痛です。

旅に出るまでは、2日目は中岡慎太郎の故郷である北川村に行くつもりにしていたのですが、1日目の途中でこれは無理と言うことがわかり、慎太郎の銅像がある室戸岬と共に北川村は次回にすることにしました。高知市を挟んで北川村とは反対側にある龍馬脱藩の道がある梼原町にも行きたいのですが・・・

今回、行けて一番良かったと思えたのは、2日目の朝一番に行った岡田以蔵の墓です。山にひっそりとあり、辿り着くまでの道のりは会津にある近藤の墓までに行く道と同じような状況で、ハイヒールなんかでは無理と言った所です。

そして今回一番驚いたのは、土佐で『新選組!』の坂本龍馬に会えたことです。もちろん『龍馬伝』の坂本龍馬@福山雅治はあちらこちらで会えたのですが、坂本龍馬@江口洋介もいたのです。『高知市立龍馬の生まれたまち記念館』で展示物を見ていている時、右に目をやると、坂本龍馬@江口洋介がいるではありませんか。とは言ってももちろん本物ではありません。ポスターです。
平成16年(2004)の大河ドラマ『新選組!』の時の高知バージョンの観光ポスターです。
さすがに高知にて新選組の面々を載せるわけにはいかないよね。しかししっかりと『新選組!』という文字は書かれていましたよ。こんなポスターがあったんですね。それからここでは『組!』で着ていた坂本龍馬@江口洋介の衣装も展示されていました。

念願の土佐に行け、土佐の志士たちゆかりの地に訪れることができ、幕末の土佐を感じることができ、『組!』にも出会え、そして旅の締めくくりは桂浜で太平洋を見て、自分も頑張ろうと思えた旅でした。

詳しいレポは後日に。
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by eri-seiran | 2010-11-13 07:33 | | Comments(0)

桂浜

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坂本龍馬がいる桂浜にやっと辿り着きました。
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by eri-seiran | 2010-11-12 14:19 | | Comments(0)

カツオのタタキと地酒

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土佐における幕末ゆかりの地巡りの本日の締め括りは半平太の道場跡でした。
そしてただ今、カツオのタタキを食べながら、船中八策という地酒を飲んでいます。どちらも美味しい!
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by eri-seiran | 2010-11-11 18:44 | | Comments(4)

武市の殉節之地

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武市半平太の殉節の地でございます。
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by eri-seiran | 2010-11-11 16:23 | | Comments(2)

土佐より

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突然ですが、土佐に来ております。
京や大坂から遠い。現代では江戸に行くより遠かったです。やっと辿り着きました。
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by eri-seiran | 2010-11-11 11:24 | | Comments(0)

総司に平助にひでちゃん

昨夜、今度は孝太郎姉さんにいつ会えるのだろうと、歌舞伎美人のサイトから情報を得ようとチェックしていたら、勘太郎が三谷幸喜『ろくでなし啄木』に主演と言う文字が目に入り、詳しく見てみると、藤原竜也君と吹石一恵ちゃん共演の三人芝居じゃないですか。
そうです!大河ドラマ『新選組!』ファンならば、平助に総司にひでちゃんじゃないですかと思ったはず。
『組!』ファンとしては嬉しい。
三谷幸喜さん生誕50周年第一弾らしい(笑)。

『ろくでなし啄木』
作、演出は『組!』の生みの親である三谷幸喜さん。
詳しいことは公式サイトより
公式サイトにても三谷さんの作である『組!』、その『組!』で3人が共演したことに触れています。
どうも5~6年前から勘太郎君と竜也君で舞台で共演したい、三谷さんの作品で一緒に仕事がしたいという話があったようです。5~6年前と言うことは新選組がきっかけですね。
そしてヒロインはひでちゃんということになったようです。
ストーリーの内容を読んでいると男二人に女一人、三角関係という形になるようです。総司に平助にひでちゃん~重なるな~
このことについては平助が触れていました。今回も自分がふられるのかな~と。

ぜひに行きたい。行きます。
大阪公演もありました。良かった。イオン化粧品 シアターBRAVA!にて、1月27日~2月13日。一般発売は11月20日(土)10時より
そしてここで気付きました。あのぴあからのメールはこの舞台のチケットの先行発売の情報だったのだと。先月のこと。

情報メールは溜まって溜まって、気付いた時には200通を超えていることが度々。中には要らないんだけれどな~というものも多く、でも送信不要の手続きをするのがめんどさくてそのまま。溜まるとよほど気になるもの以外はそのまま削除しております。
先月、ぴあから総司と平助に関する舞台情報ということで同じ時にメールが来ていました。それぞれの舞台を観に行くにはお金も時間も余裕がないので、行けないからと内容も見ずに削除したのです。
この舞台のチケットの先行発売だったんだ(涙)。

ところで三谷さんの作品だし、3人の出演ということで、『組!』の同志の中で観に行く人もいるだろうな。土方副長とか。
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by eri-seiran | 2010-11-05 07:37 | 『組!』の愛しき役者たち | Comments(2)

山南敬助をメインにしたブログです。ホームページ『山南敬助 赤心記』共々よろしくお願い申し上げます。


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