危うい香りがする2月22日
2006年 02月 22日
この仕事を引き受けることになったのは去年の11月の末でした。最初は、2月22日、この仕事を無事に終えることができたら、2月23日の山南敬助の命日を穏やかに迎えられると思っていました。しかし、しばらくして、2月22日って、山南敬助を好きな者としては危うい香りがする日ではないか!と、いうことに気付きました。
文久3年(1863年)2月22日、京に着く前日の草津宿での出来事です。
山南敬助は、村上俊五郎に『貴公の組は乱暴で迷惑だ。取り締まりなさい。』というようなことを言われたそうです。それに対して山南は『何が乱暴だ。拙者をはずかしめんとて・・・』と烈火のごとく怒り出したらしい。一悶着、起こりそうになったところを鵜殿と山岡が仲裁に入ったそうです。京都に着いてから村上の処置をするということで、山南も納得して、一応その場を収まったとのこと。
元治2年(1865年)2月22日、山南が脱走して大津で総司に追いつかれたと言われている日です。
ねえ~2月22日って危うい香りがする日でしょう?
しかしこれだけ準備していたら大丈夫、怠りなし!と確信して、私は職場を出ました。出張先での大事な仕事の直前、パソコンの確認をしたところ、その時にハプニングが起こったのです(汗)
USBフラッシュメモリーに入れてきたデータが消えているではありませんか!職場を出る直前に、一緒に来た後輩がデータを確認したいと、そのデータを開いたのですが、その時にどうもおかしくなったようです。一緒に来ていた別の後輩が職場に電話をして、データを出張先のパソコンに送ってもらい、解決。はい、なんとか無事に仕事を終えることができました。
あ~やっぱり危うい香りがする日だ!!
しかし無事に終えられたのは、即座に対応してくれた職場の人たちのお陰です。
そして1月30日に日野の高幡不動尊に行った時、この仕事が成功しますように。
2月1日に光縁寺に行った時には、大事な仕事を抱えています。成功するように見守っていてくださいとお願いしてきました。私のお願いを聞いて下さったようです。
とにもかくにも、明日は山南敬助の命日。穏やかに迎えることができそうです。