龍馬の祖先の出身地の記事を読んで浮かんだのは山南町

先日、坂本龍馬の祖先の出身地についての記事が新聞に載っていました。
龍馬の祖先は、家系図から京都説が有力。しかし故司馬遼太郎は、滋賀県の大津市にある坂本説を取っています。小説『竜馬がゆく』で、

明智滅亡後、光秀の娘婿左馬助光春(秀満)の庶子である太郎五郎が土佐に逃れた。名字は坂本城にちなむ

と、書かれてあります。
ただ龍馬の父親らによって書かれた家系図には、太郎五郎は山城国(京都)で生まれ、戦の難を逃れて土佐に来たと、記されているそうです。
高知県に残る坂本太郎五郎の墓碑には、戦国時代に機内の乱を避けて土佐国才谷村(現在の高知県阿南市)に移り住んだ、と刻まれている。
戦国時代に乱を逃れて、土佐に移り住んだのは間違いないようです。
畿内とは、滋賀県の坂本なのか?京都なのか?
明智との縁があったとする滋賀県の坂本説も、龍馬が日本の将来を考えて駆け巡り、また恋もして、そして終焉の地となった京都説、私的には、どちらにしても興味深いし、面白いと思う。
ただ今、明智光秀の菩提寺である西教寺の方では、明智家と坂本家との接点を探っているとのことです。

坂本龍馬が高知出身であることはわかりきったことであり、その祖先の出身地まで解き明かそうとしてもらっているのが、私的にはうらやましく思ったりするわけですよ。
そうなんですよ、山南敬助の場合、仙台藩出身と云われていますが、現代にそれを証明するものが全くなく、仙台藩出身さえ疑問視されているわけですよ。
そこで、龍馬の祖先の出身地が滋賀の坂本説ではないかということを読んで、ある地域が浮かんだのです。以前に記事にしていますが、現在の兵庫県に山南(さんなん)という地域があります。
2004年の市町村合併までは、氷上郡山南町でしたが、合併後は丹波市山南町となりました。前からここが気になって気になっていました。ちょっと調べてみたのですが、足利家と縁があるなど、歴史がある町なんだな~ということが判明。そしてなんと山南歴史資料館というものがあることもわかりましたよ。この名前だけを見たら、新選組ファンなら思わず、山南敬助の歴史資料館と思ってしまいそうでしょう?私も一瞬、ドキッ!としました(笑)

大河ドラマ『新選組!』での明里を丹波出身にしたのは偶然なのか、それとも三谷さんは山南という地域が丹波にあることを知って丹波出身にしたのかは、わかりませんが、これは嬉しかった。

一番気になるのが、山南という由来です。詳しいことはわかりませんが、どうも明治以後、その地域を山南区と称するようになり、昭和になって幾つかの村が合併して山南町となったようです。それは単純に山の南にあるということからなのかしら?
山南という地域が江戸時代からあったならば、山南敬助の祖先と関係があったとも考えられないわけではないと思うのですが・・・

とにかく坂本龍馬の祖先の出身地についての記事を読んで、山南町に対する関心が高まったというわけです。この山南町は、山南敬助とも、また彼の祖先とも関係がないとは思うのですが、実際に訪れて、自分で確かめてみたいな~と、ちょっと思っています。
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by eri-seiran | 2006-08-13 13:50 |  ゆかりの地

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