義仲寺と山南敬助

約20年間も抱えていた宿題を斎藤一と六平太の導きで、本日無事に終えることができました。宿題とは、義仲寺を訪れるということ。江戸から京に向かって歩いた場合、大津宿に入る手前の旧東海道沿いにある義仲寺には木曽義仲、そして彼をこよなく愛した俳人・松尾芭蕉の墓があります。去年の大河ドラマ『義経』でも木曽義仲が亡くなった回に、義経紀行で紹介されていました。

そこを訪れるのが何で宿題だったのか?なんのことやらとさっぱり分かりませんよね。
話しを遡ると約20年前のこと。
山南敬助が好きになって、色々と新選組関連の書籍を読みましたが、その中のある小説で、浪士組としての上洛において、この義仲寺の前を通る時、物知りの山南敬助が総司にこの義仲寺について話しをするんです。そして2年後、山南は脱走します。その時、総司がこの義仲寺のことを思い出し、そこを訪ねると山南が義仲寺にいたという話しだったと思います。もう20年も経っているので、定かではありません。小説のタイトルも作家の名前も全く覚えていませんし・・・ただ私の中では、義仲寺=山南と総司だったのです。だからここには行ってみようとずっと思っていました。
この義仲寺の近くまではよく車で行く機会があります。近くに映画館があったり、ショッピング場所であったり。駐車場に車を置いて義仲寺まで十分に歩ける距離なのですが、あ~また今度にしよう。そんなことを繰り返してきて長い年月が経ってしまいました。

話しを今日に戻します。今日の休日、朝からどうしようか~と悩んでいました。
映画『ゆれる』を観に行こうかな~と。この映画は公開される前から気にはなってはいたのですが、公開された頃には観に行こうという余裕がなく。そしてもう今では上映されていないだろうと思っていました。しかしまだ上映されていること、かなりいいらしいという情報を得て、調べたところ、こちらの方でも上映されていることがわかりました。しかし上映されている映画館は初めての所。またそこには駐車場が無い。そこで色々と調べ、悩んだ末、電車で行くのが一番良いこと。そして映画館の最寄の駅のひとつ手前の駅で降りて、義仲寺を訪れ、旧東海道を京に向かって歩けば、その映画館に辿りつけることが分かり、実行に至ったというわけです。
そんなこんなで、斎藤一ではなくオダギリジョーさんと、六平太でなく香川照之さんに導かれたというわけです。この作品がこの映画館で上映していなかったら、義仲寺を訪れようとは思わなかっただろう。そして宿題は未だに終わらないままだったでしょう。

a0044916_22555626.jpgさてこれが義仲寺です。境内は広くありませんが、芭蕉や門人達の19の句碑が立ってあります。また側室であった巴御前や山吹の塚などもあります。質素なたたずまいであり、落ち着ける所です。この地辺りで木曽義仲が追っ手にかかって討死したわけですが、巴御前は生き延びました。数年後、毎日のように尼が木曽義仲の墓参りに来ていて、それが巴御前だったのだろうと云われています。昭和47年、巴御前の出身地の有志たちが地元から自然石を運んできて、義仲寺に巴塚を作ったそうです。九百年ぶりの邂逅ですよ(涙)。
a0044916_22485054.jpg

a0044916_22533637.jpgさてこちらは義仲寺を出て、京に向かう旧東海道です。新しい家もありますが、昔ながらの家、また山南たちが歩いた時にもあっただろうな~と思われるものもいくつか発見。
確かに山南たちは義仲寺の前を通り過ぎ、この道を歩き、京に向かったのです。総司に木曽義仲についての話しをしたか、どうかはわかりませんが(苦笑)。
実際に歩いて気付くことが色々とあり。約20年間も抱えていた宿題を終え、山南らが歩いた道を歩き、良い映画を観て、色々と収穫のあった休日でした。
[PR]
by eri-seiran | 2006-10-03 23:04 |  ゆかりの地

山南敬助をメインにしたブログです。ホームページ『山南敬助 赤心記』共々よろしくお願い申し上げます。


by eri-seiran
プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る