2006年秋の特別展『龍馬と新選組の時代』

東京での『プライスコレクション若冲と江戸絵画展』に行かれた方々の記事を読んでいたら、見に行きたいな~と思っていました。そして霊山歴史館での2006年秋の特別展『龍馬と新選組の時代』は行かなければと思いました。
と言うことで、両方が開催されている期間に行かなければという訳で、昨日、京都国立近代美術館と霊山歴史館に参上。

紅葉の季節にはまだ早いものの、平日なのに観光客の多い京都。びっくりでした。午前中に京都国立近代美術館に行き、御陵衛士に加わった藤堂平助や斎藤一らが歩いたと思われる辺りで遅いランチを済ませ、そして霊山歴史館に向かいました。

よく考えると、ここを訪れるのはとても久しぶり。大河ドラマ『新選組!』が放映された2004年、確か新選組関連の特別展を開催していましたが、その時、行けませんでした。
とても久しぶりと感じたのは、霊山歴史館までの急な坂。前回、来た時にはそんなにしんどいとか、感じなかったのに、とてもしんどかった。アスファルトで道は整備されているものの、歩きながら会津で近藤勇の墓に向かって登った時のしんどさを思い出しました。あ~前回に来た時よりも私の体力は落ちている、年をとったんだということを実感(苦笑)。

さて今回の特別展では、初公開の物が3点ありました。新聞の記事にもなっていた洋装の土方の銅座像です。詳しいことはこちらより
入館すると、最初に坂本龍馬の銅座像と一緒に並んでいる。わけのわからない複雑な気持ち。嫉妬か(苦笑)。
初公開2点目は、佐々木只三郎が鳥羽・伏見の戦いで着ていたと云われる血染めの鎖帷子。そうです、亡くなった時に着ていた物です。左下の方に血糊の痕があり、また右の袖の方は斬られた痕もありました。いかに悲惨な戦いだったのかということが想像できます。
初公開3点目は龍馬編で、宮津出身の嵯峨根良吉の履歴書。今回、この方の名前を初めて聞いたのですが、詳しいことはこちらより

他の新選組関連の展示物は殆どが今までにお目にかかったものでしたが、その中で一番関心があったのは、元治2年(1865年)3月、山南兄の死をさりげなく書いてある総司から佐藤彦五郎宛への書簡の複製です。ここでしばらく立ち止り、総司が山南兄の死を書いてある短い文を見つめながら考えていました。ご存知の方も多いと思いますが、山南敬助は2月23日に亡くなったのに、総司はこの書簡で26日に亡くなったと書いているのです。
何故、総司は26日と書いたのか?
ただでさえ謎の多い山南の死なのに、この26日がさらに謎にしている。誤記なのか?誤記なら、そこにも理由はあるはず。山南兄の死は総司にとって誤記するほどのものだったのか?
死因も書いていない。書けない理由があったのか?それとも佐藤彦五郎らは理由をすでに知っていたから、書かなかったのか?
土方がこの書簡を持って、多摩に帰郷しました。土方は佐藤彦五郎や小島鹿之助に何を話したのか?
あ~考え出したら止まらないので、この辺にしておきましょう。

展示物の中には、大河ドラマ『新選組!』におけるスタジオでの試衛館のセットの模型がありました。私は『新選組!』の撮影中、NHKのスタジオに足を運ぶことができなかったのですが、その模型を見て、すごいな~と感動してしまいました。台所、客間、道場などがちゃんとあるじゃん。そしてあの階段も。山南敬助@堺雅人と土方歳三@山本耕史が初めて出会うシーン。あの階段を上がって帰ろうとする山南を止めた土方。
このシーンは観れば観るほど、奥深いな~と感じるのです。
出会いは土方から、そして別れは山南から(涙)。

2006年秋の特別展『龍馬と新選組の時代』は、新選組ゆかりの地でもある滋賀県草津にて、土方歳三を演じた山本耕史君主演の『tick,tick...BOOM』の公演が行われる11月26日(日)までです。
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by eri-seiran | 2006-10-20 19:09 |  イベント

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