堺雅人と山南敬助のそれぞれの青春時代

私にとっては、今日が仕事納めでした。24時間、365日営業なので、交代で勤務。私の勤務は午前中で終わり。し忘れたことはないか確認し、引継ぎをし、職場を後にしました。終わった!とにかく終わった!!という感じです。
そして正月勤務される方々、ご苦労さまです。

現在、仕事に就いており、また辞めようとも思っていない私には、全く関係ないアルバイト・仕事情報雑誌『フロムエー』に堺雅人さんの記事が載っている。こちらより

今回のこの記事を読んでいて、山南敬助と重なってしまいました。それぞれの青春時代と言ったところでしょうか。目頭が熱くなりました(苦笑)。

堺さんが20歳から7~8年、東中野に住んでいたと言う。山南敬助と試衛館との出会いは、山南が20歳前半頃の時であり、上洛するまでで考えると4年から7年ほどの付き合いだったのではないかと思われます(それ以上という見方もあります)。だから試衛館に住み込んでいたのも4年から7年と考えられます。
堺さんにとっては、東中野という微妙な感じが合っていたと言う。
山南にとっては試衛館はどうだったんだろう?それはきっと合っていたんだろう。また居心地が良かったのだろう。合っていなかったら、居心地が悪かったら、そこに居座る必要はなく、身一つでいつでも出て行けば良かったのだから。
そして堺さんは仰っている。

その頃の自分はまだ何者にもなれていなかったし、色のない時代だったんです。

山南もそうだっただろう。その当時、何者にもなれていなかった。試衛館の門人、或いは食客でしかなかった。しかし何者かになりたいという思いはあっただろう。そしてその頃の日本、また山南にとって色の付き始めた時代がやってきた。
だから山南敬助は日本の歴史に名前を残す人物になったのである。
堺雅人さんも名が知られる役者さんになった。
私が堺雅人という役者を知ったのも、また堺雅人さんが一躍有名になったのも、大河ドラマ『新選組!』で演じた山南敬助だったのは言うまでもない。

さあ~今夜は、18時半から堺さんが出演するという『脳内エステ IQサプリ第100回!超特大スッキリ生放送SP!!』を観なければ。
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by eri-seiran | 2006-12-30 16:17 |  山南敬助

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