新選組ゆかりの地@仙台編

新選組ゆかりの地巡りをする時、持ち歩くガイドブックは、山と渓谷社が発行している蔵田敏明氏の「新選組」土方歳三を歩くであります。山南敬助ファンでありながら(苦笑)。
新選組のゆかりの地の場合、多摩・江戸から最後の箱館まで行ったのは、土方歳三でありますから、一般的な新選組ゆかりの地が載っておりますし、また大きさから、内容からもこのガイドブックは使いやすい。そしてただ単にガイドブックということだけでなく、土方や新選組の関するエッセーもその地域、時代ごとに書かれており、それがまた興味深く、移動の間に読めるのも良い。
しかし一般的でないようなゆかりの地、例えば大坂編においての京屋跡や岩木升屋跡とか、新選組としてではなく、山南敬助や斎藤一、また永倉新八など個人的なゆかりの地を巡る時には、これには載っていないので、別のものから色々と情報を集めなければなりません。
新選組や幕末のゆかりの地のガイドブックはいくつかありますが、大坂編がきちんと載っていないものが多く、これは不思議。という自分も去年の9月に山南敬助ラリー@大坂編をして、初めて気付いたのですが、やはり新選組を語るうえでこの地をスルーしてはいけないでしょう。

さて、いつも使っているこのガイドブックに載っていないゆかりの地を巡る場合、一番役に立っているのが、『新選組史跡事典 東日本編・西日本編』です。これがかなり良いお値段がするので、随分悩んだのですが、小さなゆかりの地まで載っており、ゆかりの地の説明が丁寧なので、購入。もちろん山南敬助が修行したと云われる大久保道場跡、山南敬助が不逞浪士と戦った岩城升屋跡や鴻池跡も載っています。これらが載っていたからこそ、購入決定になったようなものです(笑)。事典であるため、かなり分厚く、重たいので、目的地に合わせ、必要な所だけを持って、参上しております。

前置きが長くなりましたが、山南敬助の出身地である仙台藩、土方歳三が榎本武揚と合流する仙台藩、山南の佩刀であり、折れ、血糊の付いた赤心沖光を託されて江戸・多摩まで持ち帰った松本捨助が土方と別れた仙台藩。
この事典にも宮城県における新選組ゆかりの地が載っております。しかし残念ながら、山南敬助出身地としては載っていません(苦笑)。それは当然のことです。だって山南敬助が仙台藩のどこで生まれたとか、住んでいたとか、そんなこと何にも分かりませんから。

そして新選組ゆかりの地として、現在の仙台市にあるのは2ヶ所。
慶応4年(1868)9月、奥羽越列藩同盟の軍議が行なわれた仙台城。現在は石垣が残っているだけのようです。
また土方が仙台に滞在していた時に、榎本武揚や大鳥圭介らと共に宿舎としていたのが外人屋という所。他藩からの来客宿泊施設として使われていたとのこと。これも現在、建物は残っておらず、ビルとなっているらしい。他の主な新選組ゆかりの地は、旧幕府軍の艦船が終結して、新選組のメンバーも北上するために艦船に乗り込んだという折浜(おりのはま)港があった現在の石巻市に、いくつかあるようです。軍議を開いた場所や宿舎など。その中でも、一番行ってみたいと思ったのは、旧幕艦隊集結地・折浜。土方歳三が率いる新選組も艦船に乗り込み、ここから北上して行ったわけです。
現在は、旧幕軍が上陸した付近に榎本艦隊集結地と書かれた木製の標識があるそうです。
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by eri-seiran | 2007-02-02 23:21 | 新選組

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