『新選組!』再観賞 第10回~第12回

仙台に行き、帰ってきてからは仕事がちょっとバタバタしたり、呑み会があったりして、『新選組!』の再鑑賞が全く出来ておりませんでした。
仙台に行く3日前、つまり2月2日(金)に放映された第10回からです。前回が、近藤勇が山南敬助の手紙を読んで、山南敬助のもとに駆けて行くシーンで終っています。

第10回『いよいよ浪士組』
文久3年(1863)2月4日

山南敬助の一通の手紙から、近藤勇が清川八郎・山岡鉄太郎に会い、清川八郎の熱意に感動し、試衛館の門人・食客たち8人が浪士組に参加することを決めた回でございます。


最初のシーンを観てあれ?前回のラストのシーンと繋がらないよと思ったところ、この回の前半は思い出すシーンになっていました。
山南敬助に山岡鉄太郎・清河八郎を紹介され、清河の熱意に感動し、浪士組として上洛を決めたわけです。そう、浪士組として上洛するきっかけを作ったのは山南敬助でした。史実では、永倉本人が70歳を過ぎてから、自分だったと語っていますが、史実はわかりません。今回のドラマのように、北辰一刀流の絡みで、清河や山岡と知り合いだった可能性があったり、そのような情報を得やすかったのは山南敬助だったのではないか?とも云われたりしています。ただ山南敬助の北辰一刀流説の信憑性が低くなってきていますから、なんとも言えないところです。
ドラマでは、夜に突然、松平上総介のもとを訪れていますが、松平上総介のもとを訪れたということは永倉が語っています。また2月4日に浪士組に参加する人たちが伝通院に集まったそうです。そしてドラマで描かれていたように予想より集まった人数が多く、費用の問題などが出てきて、困惑した松平上総介は辞退したそうです。

この回は、試衛館の門人、食客たちが浪士組として参加することを決め、後の試衛館派のメンバーがまとまってきたなと思いました。それまでは、それぞれが各々のやりたいことをやっているという感じでしたから。
そして山南敬助、一目置いていた清河八郎に騙されているとは知らず(涙)。清河や山岡と知り合いの自分の立場は違う、ちょっと力があると思っていたはず。山岡はまだ山南敬助を仲間として見ているところがありますが、清河にとって山南はそうではなかったようです。また原田左之助が松平上総介の前で無礼なことをした時もそれを治めたのは近藤。山南は近藤が対応して、ほっとした様子を見せています。少しずつ山南の甘さ、弱さが見えてきたなという感じがします。

そしてこの回のラストで、伝通院から帰ってきた近藤・山南たちが、試衛館前の階段を下りてきた時、総司が待っています。連れて行かないと言う近藤ですが、総司の思いを察し、他のメンバーが連れて行ってあげようと近藤に言います。山南は、
きっといずれ、沖田君の剣が役に立つ時が来るように思う。
と、言います。これはちょっと伏線じゃん(涙)。

総司も行くことになり、その総司が
楽しみですね、京都。
そして土方の
向こうじゃ何が待ってるんだろうな、俺たちを。
に、わかっているだけに涙です。

第11回『母上行って来ます』
文久3年(1863)2月5日

近藤勇と母上との関係を中心にして、上洛する前に、それぞれの別れや思いなどが描かれている回でございます。


今回、鑑賞してなかなか面白い回だな~と思いました。
伊東大蔵(後の伊東甲子太郎)が藤堂平助に餞別を渡して、後の新選組との繋がりを作ろうとしたり、近藤勇が兄から餞別にもらった虎徹が偽物であり、それを自分が本物の虎徹にすると言ったり。
母上が下総の出身であることを知り、近藤勇が下総のどこですか?と尋ねます。流山は下総でございます。
伏線になるものが色々と盛り込んであるという感じです。

史実では、2月5日に小島鹿之助が試衛館を訪ね、近藤に餞別を渡したと云われています。
『新選組!』では、浪士組として上洛することに反対する小島鹿之助ですが、史実においては佐藤彦五郎らと共に応援したと思われます。彼らも自分の立場が許されるのならば、参加したかったことでしょう。

近藤・土方・井上は多摩の人たちを訪ねています。
総司は姉らに反対されながらも、平助と一緒に伊東道場を訪ね、その後、平助がもらった餞別で飲んで食べて。そこに左之助も加わり。
永倉は、患っている友の市川宇八郎を訪ねています。
そして山南敬助は、清河・山岡を訪ね、近藤に役がついていないことに気付き、山岡に相談しますが、清河に冷たくあしらわれます。
山南は、他に行くところはなかったの?別れの挨拶のために訪ねる人はいなかったの?
『新選組!』における山南敬助は、あまり人との関係を築くのが苦手な方であることが描かれているな~と思った次第です。それは、坂本にしても桂にしても、知り合いなんだけれどなんか中途半端な関係なんだよな(苦笑)。

ちなみに、史実の山南敬助は、沖田総司と共に、浪士組参加の挨拶のために小島鹿之助宅を訪ねています。史実の山南敬助にはそのような人たちがいましたから。

第12回『西へ!』
文久3年(1863)2月8日

伝通院に集まり、近藤勇と芹澤鴨の再会があったり、浪士組として上洛した様々な方たちが登場します。近藤に役がなかったため、山南敬助がなんとかしようとしますが、どうにもならず、土方歳三が役に付くように動いた結果、先番宿割の役に就きます。そして浪士組がいよいよ江戸を出立する回でございます。


史実では、2月5日に伝通院にて道中心得が申し渡され、編制表が発表されます。試衛館派のメンバーの中で井上源三郎だけ違う組だったのは史実です。

この回では、近藤が無役であったのを役就きにしたい山南敬助と土方歳三の思いは同じであっても、清河八郎と山岡鉄太郎と知り合いであってもできない山南、清河八朗と初対面であってもできる土方の描かれ方に、後々の新選組においての二人の考え、またやり方の違いなどがここから描かれているな~と思いました。知り合いの山岡にお願いすることしかできない山南、初対面の清河の心の内を見破り、金で役をもらう土方。ここで土方がいかに策士であるかを描かれています。
後、沖田総司と芹澤鴨の出会いがあり。これが後の二人の関係に繋がっていくわけですね。
また土方によって、近藤が先番宿割の役に就いたことによって、その役を外されて困っている殿内義雄を見て、世話役を一緒に探してあげましょうと言う土方。そんな土方をいい人だと思う殿内義雄。土方もこの人には悪いことをしたなと思う優しい一面が窺えるシーンで好きです。
ところで、山南敬助は、何故、近藤が突然、先番宿割の役についたことを不思議に思わなかったのだろうか?それは自分が山岡に頼んだからと、勘違いしているのだろうか。

この回を観ながら、史実でもこうして伝通院に集まったんだよね。ドラマのように、史実でもつねさんみつさんたちも見送ったのだろうか?など思ったり。


この第10回で浪士組として上洛することを決め、第12回で江戸を出立するわけです。最初に観た時には、この3回がちょっと長いな~と感じました。しかし今回、再観賞して、伏線も色々とあったりして面白いなと思いました。また浪士組の幹部である清河や山岡と以前からの知り合いであり、浪士組への参加のきっかけを作った山南敬助でありましたが、次第に土方歳三が才覚を発揮し始めます。少しずつ山南敬助@堺雅人と土方歳三@山本耕史の役割りが変わりつつあるなと感じた次第でございます。
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by eri-seiran | 2007-02-12 12:43 |  ドラマ/映画/舞台

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