西村兼文は山南敬助と出会っていたのか

『ヒミツの花園』において、『新選組!』で松本良順を演じた田中哲司さんが、月山夏世@釈由美子の上司である編集長を演じており、松本良順とこの田丸編集長のキャラクターの違いが気に入っているのですが、未だに堺雅人さん演じる片岡航との絡みはなし。
『新選組!』で全く絡みがなかったので、あると嬉しいな~と思っていたところ、先日の第6回にて、宮川音五郎にいさんがゲスト出演。堺さんとの絡みもあり、『組!』ファンとしては嬉しく。宮川音五郎にいさんとは、近藤勇の兄であり、演じていたのは阿南健治さんです。片岡航初め、4人の男性が花園ゆり子と知らずに冷たく対応していた花園町の役場の人です。『新選組!』では、第5回の近藤勇の婚礼の祝いの席に、音五郎にいさんも山南も出席しておりました。
史実でも、山南は宮川音五郎とは出会ったことがあるだろうと思われます。一方、松本良順は、山南敬助が亡くなってから上洛し、新選組にも出入りするようになっているので、出会ってはいないだろう。そして新選組の縁者として松本良順を挙げたら、同じ縁者として忘れてはいけないのが西村兼文。山南敬助@堺雅人と西村兼文@本間憲一の絡みもありませんでした。そして史実の山南敬助と西村兼文も出会ったことはなかったと、長い間、私はそう思ってきました。昔に読んだ新選組の随筆本にそう書いてありましたから。出会っていないという理由は、新選組が西本願寺に移ってきたのが山南敬助が亡くなってからであること。山南敬助が亡くなった時、西村兼文は京都にはいなかったこと。

西村兼文とは、西本願寺の寺侍です。そして志士たちが駆け抜けた幕末という時代を見届けた一人です。旅をし、情報を集めたり、色々な志士たちにも接近しています。新しい時代になってからは、見届けた幕末についての書物を出しております。『新撰組始末記』や『近世野史』など。
西村は、天保3年(1832年)生まれですので、山南敬助より1歳、或いは4歳年上であり、どちらにしても同世代と言えます。明治29年(1896年)に亡くなっており、享年65でした。

若い頃の私は、本に書かれているものを素直に信じていました。今みたいにひねくれていませんでしたから(苦笑)。しかし山南と西村は出会ったことがなかったと信じながら、どこかで疑問に感じていたのも確かです。

副長三南三郎ハ・・・丑三月下旬終ニ自刃ス。
                   『新撰組始末記』より


山南敬助の死についての西村兼文による記録です。これは最初と最後の一部分なのですが、簡単にまとめると、西本願寺への移転に反対して、遺書を残して自刃したというのです。

また山南のことについて、

少しく事理のわきまえある者

と、『新撰組始末記』において書いています。これは新選組という集団においての山南敬助の評価であり、西村としては、山南に対して良い評価をしているわけです。
また西村兼文が書いた『近世野史』において、芹沢鴨の暗殺についても暗殺者として山南敬助を挙げております。

と言うことで、一度も会ったことのない人についてここまで書くだろうかと思ったりするわけです。

そんな時に、伊東成郎氏の『新選組と出会った人びと』(河出書房新社)に出合いました。伊東氏は、西村兼文の項で、新選組に関することを山南敬助から教えてもらっていたのではないか、つまり山南敬助が西村兼文の取材の窓口になっていたのではないかと仰っています。確かに西村は芹沢鴨の暗殺のことまで書いてあるので、そこにはソースがあったと思われます。
伊東氏は、山南敬助が窓口だったのではないかという理由も書かれておりますが、私の方がもう少し勉強してから、そのことについては改めて記事にしたいと考えております。
とにかく、これまでどこかで疑問に感じていたことについて、ちょっと光が見えてきたという感じです。
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by eri-seiran | 2007-02-17 15:05 |  縁者

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