春嵐の小野路村

文久3年(1863)1月17日、山南敬助は沖田総司と一緒に、浪士組として上洛の挨拶のために、小野路村の小島鹿之助宅を訪れました。翌日の18日に小島家を出立しています。
この1月17日~18日は、新暦で考えると3月6日~7日になるらしい。

山南忌に参加する前に、もう一度この小野路村に行っておきたかったのです。
私が5日の月曜日に訪れた時には、雨は大丈夫だったものの、風が強く、まさしく春嵐の小野路村でした。その春嵐がまるで京にての新選組と重なり。
小野路村の小島鹿之助宅を訪れた時、山南と総司は夢と希望に満ち溢れていただろう。小島鹿之助と酒を呑みながら語り合っただろう。

まさか山南が切腹、或いは自刃によって、命を落すとは・・・また総司が病にて京から江戸に帰ってくるとは、小島鹿之助も思っていなかっただろう。
山南だって、今度、江戸に帰ってくることがあれば、小島鹿之助宅を訪ねて、話しをしたかったに違いない。

小島鹿之助宅近くにあるこの小野神社に2人はお参りしたことだろう。
144年後の小野神社です。
a0044916_23405827.jpg


山南忌まで後4日
[PR]
by eri-seiran | 2007-03-07 23:49 |  ゆかりの地

山南敬助をメインにしたブログです。ホームページ『山南敬助 赤心記』共々よろしくお願い申し上げます。


by eri-seiran
プロフィールを見る
画像一覧