『新選組!』再観賞 第17回と第18回

本当は3月3日の江戸・多摩行き前に記事にするつもりでいたのですが、観たものの時間がなく、記事にするところまではできず。江戸・多摩から帰ってきてからは、他の記事とかありまして。と言うわけで、やっと第17回と18回です。

第17回『はじまりの死』
文久3年(1863)3月25日

山南敬助の案によって、会津藩お預かりとなり、会津藩公用方と親睦を図るために壬生狂言を鑑賞することになります。一方で、壬生浪士組の組長(頭)を決めることで、近藤派・芹沢派・それ以外の殿内らとの間に、ズレが生じてきます。


芹沢だけがいいところだけ持っていき、これでは壬生浪士組は芹沢のものになってしまう。
あんたが江戸に帰る時は大名になった時だ。


と、近藤勇@香取に言う土方歳三@山本耕史。
壬生浪士組・新選組のすべてを見ていた斎藤一@オダギリ。
第一弾が清河八郎を待ち伏せている山南敬助@堺雅人と芹沢鴨@佐藤浩市の会話であれば、これが第二段です。
そこに斎藤は居て、木を削って何か作っておりまりしたが、手を止めて土方の決意を聞いています。
この後、斎藤も色々とありましたが、土方に付いて行くことになった起点はここにありという感じです。

壬生浪士組ってつけたのは山南敬助だって。そして

會津藩御預
   壬生浪士組


と、山南が書いた板を芹沢派に割られます。そして土方は、原田左之助@山本太郎に言います。

山南さんに言って、新しいのを書いてもらってくれ。

この辺りを見ていると、土方は学のある山南を頼りにしていたんだよな~と。
それは公用方と壬生狂言を観た後の宴会中にても、芹沢が色々と物知りであることをアピールされたために、山南に(会話に)参加しろと言います。
そこには、試衛館派の中でそのような難しい会話ができるのは山南しかいないと土方はわかっているのです。でもとてもとても硬くなっていた山南さん。公用方が帰ってから、試衛館派のメンバーだけになってから山南が、「そう言えば、牛若の・・・」と話し出し、藤堂までも話しに加わり、
「今、話しても遅いんだよ!」と言う土方。
このシーンは笑えます。

さて殿内義雄@生瀬勝久は壬生狂言を見物せず、近藤や芹沢の思い通りにさせないように次の手段を相談しようとして、佐々木只三郎との取り付き役の柳に会います。それを見ていたのが、体調が思わしくなく、こちらも壬生狂言を見物していなかった阿比留鋭三郎です。そしてそれを土方に伝えます。そして土方から近藤と芹沢へ。なんで山南には伝えないんだと心では思っていますが、時間がないのでスルーします(苦笑)。

近藤が話しをして、殿内は気持ちが変わります。一度、江戸に帰り、佐々木只三郎にすべてを話し、再び京に帰ってきて壬生浪士組に改めて加わることにすると書いた手紙を残し、江戸に向かおうとしたところ、何も知らなかった芹沢に殺害されます。

芹沢を問い詰める近藤。その時の芹沢が良い。
殿内を殺害したことは近藤がだまされていると思ったから。近藤のために殿内を殺害した芹澤。その近藤が芹澤を責める。そして斬ったことを後悔している芹澤。
芹澤の人間性が出ていて、改めていいな~と思ったシーンです。

史実でも、3月25日に会津藩士本多四郎が壬生を訪れて、浪士組と壬生狂言を見物したこと、また同じ日に殿内義雄が四条橋で殺害されています。
殿内がどこかに旅に出ようとしていたようですが、誰に殺害されたかは不明。山南敬助が会津藩士と共に壬生狂言を見物していたことは記録に残っております。硬くなっていたのか、見物の後、会話に参加できたか、できなかったかはわかりません(笑)。

殿内義雄の死は、史実の新選組にとっても、『新選組!』にとってもはじまりの死でした。


第18回『初出動!壬生浪士』
文久3年(1863)4月1日

殿内が亡くなり、粕谷や根岸など他のメンバーも浪士組を去ります。残った試衛館派と芹澤派で浪士組における役職を決めます。その頃、長州を中心とした過激派メンバーが幕府をないがしろにした数え歌の札を京の町に立てます。その札を取り捨てるという仕事を会津藩から言渡され、壬生浪士組の初出動というわけです。


阿比留鋭三郎の体調は思わしくなく、阿比留は壬生浪士組を去ります。史実では、4月6日に壬生で病死しているんですよね。しかし敢えて死なせなかった三谷氏。そして土方歳三@山本耕史の「あてはあるのか?」と聞かれて、「大津の親戚の家でゆっくりしようと思います。」と答える阿比留。
一番最初にこの台詞を聞いた時、えっ!何!何!!何!!!でしたよ(笑)。
はい、山南ファンとしては、山南が脱走して、大津で総司に会って帰ってきたという説を知っていましたから、山南敬助@堺雅人が脱走して大津に行った時にこの阿比留が再び登場するの?どう絡んでくるの?ともうプチパニック状態でした。そして背負った物に2本の風車を刺して、大津に向かう阿比留の後ろ姿を見ながら、「山南敬助が大津に行ったら助けてくださいね」とお願いした私です(笑)。しかし観ていくうちに阿比留の大津での静養のことはすっかり忘れていました(苦笑)。まあ~あの30回から33回の流れの中で、阿比留が出てきたらちょっと浮きますし。それから約2年も経っておりますし。

あとこの回で好きなシーンは、浪士組の役職を決めるところです。役職を決めるのに、土方は芹澤派に負けまいと必死なのに、山南はそんなことはあまり関係なく、役職名の名前に拘っていました。組長局長に。小頭副長助勤にと。
またおまさちゃんのお店で近藤・土方・山南の3人でお汁粉を食べるシーンも好き。以前、山南と二人で食べている時もそうでしたが、ここに来ると話し方が変わる土方。仲の良い友だちと言う感じで山南に話し掛けたりするんですよね。それに対して上手く受け答えが出来ない山南です。このシーンでも近藤の好きな女性のタイプの話になり、ついていけなかった山南さん(笑)。

今回観て、改めていいな~と思ったのは斎藤一@オダギリ。小六から嫌な出入りの仕事を頼まれ、断りきれず、人を斬ります。その後、芹澤派と試衛館派の親睦を図るための相撲大会があり、相撲をしたことがなく、照れて相撲をとるのを拒む斎藤。しかし試衛館派のメンバーや八木家の人たちに押されて、仕方なく出ます。そして佐々木又三郎に勝ちます。
相撲で勝ったという気持の良さと、周りの人に喜んでもらえるという嬉しさを初めて知ったかのような斎藤一の照れた表情が良い。


阿比留が書きたいからと言って、17回と18回をひとつの記事にしたのに、阿比留のことはその程度のことですみません。しかしこの方も京に上がり、壬生浪士組として役割りを果たした一人であるのは確かです。観てから時間がだいぶ経過したために、かなり不十分なところもありますが、取りあえずこれにて失礼。
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by eri-seiran | 2007-03-20 21:46 |  ドラマ/映画/舞台

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