会津藩でもニュースになっていますよ。

会津藩で何がニュースになっているかと言うと、山南忌ですよ、山南忌
山南忌でちょっと検索していたら、福島放送のこちらのサイトに山南忌が開催されたことが福島県内ニュースとして紹介されているではありませんか。

これを読んだ時には、目頭が熱くなりました。
新選組ファンの方ならわかってくださると思います。福島、つまり会津藩で山南忌のことがニュースになったというこの喜び。会津だからこそ、ニュースにしてくれるという喜びと感謝。この切っても切れない新選組と会津の縁。

平成17年(2005)に会津まつりに参加するために、2度目となる会津参上。そして会津藩公行列の翌日、斎藤一忌に参加しました。その時に来賓の挨拶の中で、山南敬助の名前が出て、それがとてもとても嬉しくて、嬉しくて(笑)。会津の公式の場にて、山南敬助の名前が聞けるなんって思ってもいなかったから。

若き山南敬助は、仙台から江戸に向かう時、会津の土地を歩いたんだろうな。
あ~会津に行きたくなってきた。会津に行って、そこから仙台入りしたい。

ところで今、書きながら思ったのですが、会津藩は山南の死をどのように受け止めたのだろうと。
博学であったと云われている山南敬助。京都守護職の公用方との業務的な付き合いもあっただろう。
また岩木升屋にて不逞浪士を討ち取り、佩刀の赤心沖光が折れた時には、会津公よりご褒美として金八両を頂いたという記録が残っています。
そのようなことから、少なくとも公用方においては、山南敬助の知名度・評価は高かっただろうと思われます。
そんな山南の死を公用方の人たち(つまり会津藩)はどのように受け止めたのだろうか。そこには、山南の死に至るまでの経過が関連してくるでしょうけれどね。
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by eri-seiran | 2007-03-22 22:53 |  イベント

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