安達元右衛門に斧定九郎に、そして山南敬助

先日、大阪にて第四回浪花花形歌舞伎(本日が千秋楽)の第一部を観に行き、歌舞伎を堪能し、その後、アクアライナーに乗って綺麗な桜を見ながら、同じようにこの川を行き来した山南敬助に浸りました。
その翌日の朝、一度目が覚めてから再び寝たら、旧前川邸の山南が切腹したと云われている部屋の手前の部屋(山南忌の時にお焼香する場になっていた部屋)に自分が立っていて、山南敬助が切腹した部屋を眺めているという夢を見て、それでびっくりして目が覚めました。
あそこが山南の切腹した部屋なら、私が立っていた部屋は近藤たち幹部が山南の切腹を見届けた部屋だろう。
なんなんだろうこの夢は?最近、片岡孝太郎さんの女形にゾッコンな私を山南が戻っておいでと呼んでいるの?大阪にてアクアライナーに乗り、山南敬助に浸っていたから?
片岡孝太郎さんの女形にゾッコンではありますが、一番はあなたですからね(笑)。
久しぶりに山南敬助関連の夢を見て、それも切腹したと云われている部屋が出てきて、朝からドキドキものでした。

と言うわけで、今日は歌舞伎と山南敬助の両方のお話し。
先日、鑑賞した『敵討天下茶屋聚』は天明元年(1781)に書きおろされ、その後も何度も改作されてきましたが、人気のある作品ではなかったそうです。しかし天保6年(1835)に、四代目大谷友右衛門が敵役の安達元右衛門の役を工夫して演じたことによって、大当たりとなり、今日に伝わるものとなったそうです。これはこの歌舞伎を鑑賞する直前に知りました。
関係ありませんが、天保6年と言えば、土方歳三がオギャーと生まれた年でございます。

これと同じ例が、『忠臣蔵 五段目』だとも教えて頂きました。これはなるほどと思いました。3月にWOWOWで放映された『志の輔らくご in PARCO 2007』での「中村仲蔵」を聞いて、その話は知っていたので。グッドタイミングで「中村仲蔵」を聞けて、これは良かった。
『忠臣蔵 五段目』はこれまで人気がなく、ここに登場する斧定九郎は悪役で、トップクラスの役者が演じる役ではなかったそうです。それを初代中村仲蔵が演じることになりました。仲蔵はそば屋で、ずぶ濡れの浪人と出会い、その時に役作りにおけるアイディアが浮かんだそうです。中村仲蔵が演じた斧九郎に観客は感動し、舞台は大成功。その後、この五段目の斧定九郎は大きな役どころとなり、現代に伝わっているそうです。

私はこの『敵討天下茶屋聚』の安達元右衛門、『忠臣蔵 五段目』の斧定九郎がいかにして人気のある役になったかということを知って、歌舞伎とドラマという違いはあるものの、これらの逸話と大河ドラマ『新選組!』の山南敬助を重ねていました。
大河ドラマ『新選組!』が放映されるまでは、新選組は知っていても、また近藤・土方・沖田は知っていても、山南敬助を知らない人も少なくなかったはず。また山南敬助は知っていても、関心が持てなかった人もいるだろう。それは仕方がない。池田屋事変にも参加していないし、早くに亡くなりますし、表舞台において目立った活躍はありませんし。
このように新選組の大幹部でありながら、知名度は低かった山南敬助を有名にしたのは、紛れもなく、三谷幸喜さんの脚本であり、堺雅人さんの演技によるものでした。そこには土方歳三を演じた山本耕史君をはじめ、他のキャストも素晴らしかったからであることも、もちろん忘れてはいけない。
ただ山南敬助の名を現代に広め、山南敬助について関心を持つ人が増え、最終回でないのに第33回「友の死」が特別な回になったのは、やはり山南敬助を演じた役者である堺雅人さん、あなたによるものです。
本当にありがとう。
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by eri-seiran | 2007-04-08 19:00 |  ドラマ/映画/舞台

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