升屋跡

6月に入ったので、恒例にしている記事、『元治元年(1864)の6月の山南敬助らの経過と状況』を書かなければならないのですが、5日に池田屋事変が起きましたものですから、莫大な資料がありまして、その中からピックアップするのが面倒であったり、山南敬助の名前が全く登場しないからモチベーションも低く、またどのように山南を絡ませて書くかと悩んだりしております。まあ~6月を簡単にまとめれば、

池田屋事変が起きる。山南は静養中で参加できなかった。

と、一行で済むんですけれどね(苦笑)。
しかしそういうわけにもいかないので、こちらの方は後日と言うことで、今日は池田屋事変が起きることになったゆかりの地です。
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升屋喜右衛門と偽名を使っていた勤王志士である古高俊太郎が居た薪炭商の升屋跡です。
5月21日にふみさんと京都に行った時に、ランチをここで食べました。
そうなんです、薪炭商の升屋跡は料理屋志る幸となっています。
四条木屋町通りを上がり、最初の筋を西に入った所にあります。四条河原町からであれば、同じように上がり、最初の筋を東に入ります。
ここでランチをするのは約2年ぶり、2回目でしたが、それまでに何回か、前だけは通ったりしておりました。
中も風情があり、新選組ファンとしては申し訳ない気持ちを抱えながら頂きました。お店の中の雰囲気も良く、おいしく、私はここの白みそ汁が大好きです。

この店の東隣に武器弾薬、火薬などが入っていた土蔵があったと云われています。
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これは河原町通り側から撮影した志る幸に向かう路地です。
山崎烝らがどの辺から見張っていたのか、古高を捕縛した武田観柳斎らがどこから入って行ったかはわかりません。
ただこの時、山南敬助はここに来ていないということはほぼ間違いないだろうし、もしかしたらそんな事件が起きたことも後になって知ったかもしれない。
だからカテゴリーの方も、山南敬助ゆかりの地でなく、新選組として挙げます。
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by eri-seiran | 2007-06-03 09:56 | 新選組

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