永遠の忠節を誓った伊達の家臣

ただ今、私が楽しみにしている三大ドラマは大河ドラマ『篤姫』TBSチャンネルでの『新選組始末記』WOWOWでの『独眼竜政宗』であり、どれも時代劇です。
『篤姫』と『新選組始末記』は1週間に1回なので、リアルタイム、或いは2~3日の間に消化できるんですが、『独眼竜政宗』は月~金の昼間の放映なので、なかなか消化できない。先日の休み、第11回~13回を観ました。放映の方は折り返しに入るようですけれど。
さて第12回~13回は『独眼竜政宗』の前半でのクライマックスと言えるところ。伊達政宗が当主となってしばらくしてから、隠居した父親の伊達輝宗が和解を申し出て来た畠山義継@石田弦太郎に騙されて拉致され、殺されるという話であり、伊達の家臣団が勢ぞろい。思わず、「かっこいい」と声を出して叫んでしまいました。だってかっこ良いんだもん。ちょっと挙げてもいいですか?
遠藤基信@神山繁、鬼庭左月@いかりや長介、伊達実元@竜雷太、留守政景@長塚京三、片倉小十郎@西郷輝彦、伊達茂実@三浦友和、鬼庭綱元@村田雄浩、山家国頼@大和田信也、布施定時@萩原流行などなど。
たまりません。『新選組!』に出合うまで、これが大河ドラマベスト1位だったわけだ。

伊達輝宗は政宗や家臣団の前で殺されるわけですが、家臣それぞれの想い、行動に涙。特に遠藤基信に鬼庭左月。
以前の記事で触れましたが、遠藤基信と鬼庭左月は伊達輝宗にとっての近臣。そして智の遠藤基信であれば、武の鬼庭左月。この二人は伊達家を支えてきた家臣の柱でした。輝宗が家督を政宗に譲ってからは若手の片倉小十郎や伊達成実に一線を譲りながらも政宗を支えます。しかし二人にとって近くでずっと仕えてきた輝宗の死は大きかった。基信は雪が積っている輝宗の墓の前で、
自分をここまで取り立ててくれたことに感謝し、輝宗がいなくなった後は自分のなすべきことはないので、遅ればせながらお供すると。後のことは小十郎が控えているから安心してよいと。
そしてその場で割腹します。

盟友であった鬼庭左月は、基信の遺体が安置されている寺にやって来て、遺体と対面すると崩れるように座り込み、
たわけ者!わしに断りもなく・・・先立つ奴があるか!
と、怒りと悲しみの声で眠っている基信に言います。そして三途の川で待っていろ。自分も死に場所を見つけて後を追うと。
その後、左月は輝宗の弔い合戦となる人取橋の戦いで苦戦する伊達軍のために自分の命を投げ捨て、流れを変えます。

基信も左月も殉死でした。またこれら以外にも家臣の殉死がありました。

永遠の忠節を誓うのに殉死以上の表現はなかったのであろう

と、ナレーターであります。  
永遠の忠節という言葉に萌え。    
ただ、基信にしても左月にしても、これからの政宗や伊達軍のことなどを考えず、殉死したわけではありません。
自分がいなくても若き者たちがこれからは政宗を支えてくれると確信したからであり。
輝宗が殺された時、その場に居なかった輝宗の身内である譜代の家臣たちから、輝宗を助けられなかったこと、また政宗のやり方に対して、基信、左月、小十郎らは責められます。しかし基信は一言もしゃべらず。基信はすべてを小十郎に託します。だまってすべてを聞いている基信の表情を見ていると、この時に覚悟を決めたのであろう。
小十郎もその後、妻である蔦に基信からお家の将来を託されたと言います。
そしてこの時70歳代であった左月も輝宗の弔い合戦を勝ち戦にするため、政宗のために自分のできることを最期にやり遂げ、また自分の死に場所としたのです。

政宗が家督を継ぎ、輝宗が隠居した際、政宗は小十郎や成実らを重宝し、輝宗に仕えてきた基信や左月らを遠ざけている感がしました。しかし基信や左月が亡くなった時の政宗の悲しみを見て、そうではなかったと。父の輝宗はもちろん、基信や左月らがいたからこそ、小十郎や成実らと共に好きなようにやれたんだと。それは小十郎にしても成実にしても同じだっただろうということに気付かされました。

と言うことで、ただ今、久しぶりに戦国、及び伊達政宗とその家臣団ブームです。
以前の記事にて、仙台藩出身の山南敬助が好きな私が戦国では仙台藩を築いた伊達政宗が好きなのはすごい縁だと書きましたが、この縁は助かりました。だって、もし戦国で一番好きなのが、前田利家とか、毛利輝元とか、山内一豊とかだったら、加賀藩とか長州藩とか土佐藩とかについて調べたくなるでしょう。でも伊達政宗であれば山南敬助の出身である仙台藩であり、仙台藩がどのようにして築かれたかなどを調べていくことで山南敬助についても何か見えてくるものがあるかもしれない。言っちゃなんだけれど、これは一石二兆だわ。
私、奥州の武士にどこかひかれるものがあるのかしら?と思ったり。
そして勢ぞろいした家臣団に「かっこいい!」と叫んだ私ですが、この中に山南敬助の先祖となる方がいるかもしれないな~と思ったり。

あ~3度目の仙台に行きたい。仙台の桜が見たい。山南も見ただろう仙台の桜が見たい。
1度目の仙台は伊達政宗ゆかりの地めぐり。2度目の仙台は山南敬助の足跡を探る。今、3度目の仙台に行けるとしたら、伊達政宗とその家臣団、それから山南敬助の両方について調べたり、ゆかりの地を巡ったりしたいな。しかしそうなると、2~3日では足りない。1週間かな?
そんなことを考えていますが、慌しい新年度を迎え、2~3日でも仙台に行くなんって、全く無理な状況でございます。
来年の桜の時期に仙台に行けることを目標にして、この1年、頑張ろう。
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by eri-seiran | 2008-04-03 11:31 | 歴史

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