山南脱走~まっすぐで純粋なひと~

TBSチャンネルの『新選組始末記』の第15回のタイトルは「総長脱走」でした。次回のタイトルは「山南切腹」です。ストレートできましたよ。
大河ドラマ『新選組!』で山南の脱走・切腹があるということは始まる前から山南ファンとしてはわかっていて、どの回あたりで描かれるのだろうかと思っていたら、予想よりはるかに遅く、またその脱走と切腹は1回で描かれるだろうと思っていたら、「山南脱走」、「友の死」の2回で描いてくれて、その前に伏線の回もあって、感謝、感謝でした。まあ~その前から山南敬助を丁寧に描いてくれていたし、山南の存在がとても大きくなってきていたいし。
ただ今回の『新選組始末記』は、全26回のうちでの山南の脱走と切腹は1回なんだろうと思っていたのですが、2回にわけてということになり、童門冬二さんの山南に対する思いは大きかったようで、嬉しいです。


【キャスト】
山南敬助@高橋長英
近藤勇@平幹二朗
土方歳三@古谷一行
沖田総司@草刈正雄
永倉新八@夏八木勲
原田左之助@新田昌玄
藤堂平助@三ツ木清隆
井上源三郎@大沢慎吾 
伊東甲子太郎@戸浦六宏
明里@大川栄子

【第15回 総長脱走のあらすじ】
伊東甲子太郎一派が江戸から京にやって来て、新選組に入隊し、山南敬助や近藤勇、藤堂平助は喜びます。伊東たちが入ってきたものですから、全隊士の前で新選組の新しい編制表が発表されました。局長に近藤勇、総長に山南敬助、副長に土方歳三、参謀に伊東甲子太郎。そしてこの時、全員の前で長州の間者がいることを土方が言い、事前に知っていた沖田らが逃げる間者らを斬ります。本人に弁明の余地もなく斬り殺したことに対して、山南は怒ります。山南は何も知らなかったのです。
近藤、土方、伊東、そして山南の最高幹部で西本願寺への移転の件について談合を持ちます。もちろん、山南は反対。土方は推し通そうとします。土方が伊東の意見を求めますが、伊東は参謀というのは政略・戦略を考えるのが仕事であって、新選組の屯所をどこに置くかという些細なことは参謀の考えることではないと言って、その場から出ていきます。伊東が席を外してから、伊東を非難する土方、伊東を高く評価する山南。そして西本願寺移転について、近藤は保留とします。
山南は自分の休息所にて、伊東と弟の鈴木三樹三郎、そして藤堂平助と談合を持ちます。新選組は攘夷としてあるべきであり、伊東の考えを近藤や土方に話してほしいと薦めるのです。しかし伊東は満を持すべきであると山南に冷たく言います。休息所を出て行った伊東を平助は追いかけ、何故に山南さんの話しを聞いてくれないのか?と伊東に聞きます。伊東の返答は、山南は純粋すぎるでした。
伊東のことを高く評価していたのに、伊東から冷たくされて、落ち込み、そして酒を無茶呑みする山南。そんないつもと違う山南を見て、明里は屯所に帰った方が良いと。山南はここも自分の居場所ではないのかと一瞬思うのですが、総長らしくあってほしいという明里の真の気持を理解します。そして屯所に帰った山南は近藤に新選組を初心の尊王攘夷の姿に戻すべきだと自分の考えを述べます。近藤はそんな山南の意見を聞いて、隊士の意見が佐幕と攘夷に分かれていて、攘夷論者の殆んどが伊東のもとに集結し始めている。しかしお前までが伊東に傾いたとは思わなかったと山南に言います。それに対して、局長こそ土方に傾いている、土方の言いなりですと山南は言ってしまい、怒った近藤は、攘夷の考えを持っているなら、どうやって実行するのかと山南に尋ねます。答えられない山南。
そしてその夜のうちに山南は脱走します。
すぐに沖田が山南の手紙を見つけ、脱走がわかります。
試衛館のメンバーだけに事実が話され、そして近藤の命令で沖田が追います。山南は大津の宿にいました。

                      

屯所を出て、大津で追ってきた沖田に見つかったという一般的に云われている山南の脱走は、私はなかったと見ています。しかし高橋長英さん演じる山南敬助を観ていると、史実の山南がこのような方だったなら、一般的に云われている脱走はあってもおかしくないな~と思いました。

まっすぐで純粋すぎる山南敬助

なんです。
そんなことを言ったら、土方が機嫌を悪くするよというようなことを平気で言う。
こちらがドキドキする。予想通りに土方が機嫌を悪くする。しかし山南は土方が機嫌を悪くするとか、そんなことは考えていない。自分の思うところをそのまま素直に言っちゃうんです。

近藤が西本願寺の件を保留にしたのは山南への配慮だったと思います。もし西本願寺への移転をその場で決めたら、山南と土方との関係はさらに悪化するだろうと近藤は思ったのだろう。
そんな近藤の気持を山南はわかっていない。近藤も西本願寺への移転については疑問を感じていると山南は純粋に思ったに違いない。
そんな近藤の気持を考えず、新選組は尊王攘夷の姿に戻すべきだというものだから、近藤もついカッとなって、お前まで伊東に傾いたのかと言ってしまった。試衛館の時代からの同志で、総長である山南が伊東に傾くというのは近藤にとっては裏切られたように感じたのだろう。近藤にそう言われた時にそうじゃないと否定すれば良いのに、局長こそ土方に傾いている、土方の言いなりになっていると言ってしまったものだから、近藤も攘夷をどうやって実行するのだと山南に問い掛ける。答えられない山南。思想はあってもそこまでの策は山南にありませんでした。

自分に限界を感じたのだろう。新選組として攘夷を実行するのは難しいとわかったのだろう。新選組に自分の居場所を見失ったのだろう。山南はその夜のうちに脱走します。置手紙を残して。それを総司が見つけました。土方の言う通り、置手紙なんか要らない、黙って脱走すればいいのに、律儀というか、真面目というか。
山南が本当に攘夷を目指すなら、長州など尊皇攘夷派の人たちのところに逃げればよかったのに、それをしなかったのはやはり新選組が好きだからなんだろうし、またそれができる攘夷派とのつながりが山南にはなかったのだろうし、そしてそのような策ができる人でもなかった。

山南は試衛館時代から今日までのことを日記に書いていました。そのタイトルは新選組日誌。
文久3年2月22日、浪士組として京に向かい、明日に京に着くという日のことを書いていました。そこにはびわ湖畔大津に着き、美しいびわ湖のこと、そして攘夷を遂げた暁にはこの湖畔にて愛する伴侶と住みたいと。

なんってまっすぐで純粋でロマンチな人なんだろう。
幕末という動乱の時代ではなく、泰平の時代であれば、この人はもっと生きやすかっただろう。大事にしたいと思っていることを実行できただろう。

総司はこの新選組日誌を見つけ、これを読み、またこの時に山南が自分にびわ湖の美しさを夢を見るように話してくれたことを思い出したのです。
だから大津のびわ湖畔に山南はいると思ったのです。
近藤の命で総司が山南を追います。
総司の予想通りに山南はびわ湖畔の宿に居ました。
山南の甘さというか、純粋すぎるというか。

                             つづく
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by eri-seiran | 2008-05-09 10:05 |  ドラマ/映画/舞台

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