桜田門外の変が起きた時

桜田門外の変が起きて、滝山が天璋院に報告している頃、山南敬助と近藤勇と芹澤鴨は桜田門外の変が起きた所に行っていたんだわ。そして彼らは衝撃を受けたんだわ。この前日に山南敬助は初めて試衛館を訪れ、土方歳三や近藤たちと会ったんだわ。
と、昨夜の大河ドラマ『篤姫』の第32回を観ながら、大河ドラマ『新選組!』の第4回を並行して考えていました。
桜田門外の変が起きる前の雪の景色とか、行列の映像とかがなんか懐かしかったです。

桜田門外の変が起きたのは、安政7年(1860)3月3日のこと。
その時、天璋院は26歳。
そしてあのお方たちは

山南敬助 28歳(天保7年説の場合25歳)
近藤勇   27歳
土方歳三 26歳
沖田総司 19歳


です。
山南が近藤らと確かに出会っていた万延2年(1861)1月まで、ついに1年を切りました。これまで長かった(苦笑)。
大河ドラマ『新選組!』では、桜田門外の変が起きる前日に山南敬助が坂本龍馬の紹介で試衛館を訪れ、近藤勇や土方歳三らと出会います。
史実でもすでに近藤勇と出会っていたのではないかなと思っているんです。出入りしていた、或いは住み込んでいたのではないかと。その翌年の日野での天然理心流の新年の稽古に参加しているので、それまでにある期間の付き合いがあっただろうと思うんです。その時に近藤らと一緒に土方の義兄の佐藤彦五郎宅に3泊4日していますし。

桜田門外の変が起きた同じ月の29日、近藤勇とツネさんの婚礼が行なわれました。『新選組!』では第5回ね。ツネさんの実家が、山南が学んでいた小野派一刀流の大久保道場に近いんです。だからこの縁談は山南の紹介だった可能性もあるのでは?という見方をしている方もいます。可能性としては無きにしも非ズだと私も思います。

徳川家定公が亡くなり、モチベーションがちょっと下がってきた大河ドラマ『篤姫』でしたが、自分のちょっと得意な時期に入り、大好きな山南敬助がどこに居たかということが明確になってきて、楽しみも倍になっております。
by eri-seiran | 2008-08-11 01:14 |  出来事

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