山南も鑑賞した壬生狂言

壬生狂言を観たかった目的はそこかい。
はい、そこです(笑)。

文久3年(1863)3月25日、会津藩士の本多四郎という方が壬生を訪れて、浪士らと共に壬生狂言を観たという記録を残しているのです。鑑賞したメンバーとして、山南敬助ら試衛館の9人、芹澤派の5人、他に粕谷新五郎、佐伯又三郎、阿比留鋭三郎の計17人の名前が挙がっています。

大河ドラマ『新選組!』での第17回『はじまりの死』にて、壬生狂言を会津藩士たちと鑑賞するシーンが描かれていました。ドラマでは『橋弁慶』が上演されましたが、史実での演目はわからず。何だったのだろうか。
ドラマでは緊張して会津藩士らとの会話に参加できなかった山南でしたが、史実では会話に参加できたのだろうか(笑)。
またこの回の『新選組を行く』では、壬生寺と壬生狂言が紹介されています。

さて山南敬助が鑑賞してから146年後に鑑賞した壬生狂言は『節分』です。
また早速ニュースにもなっていまして、こちらより

女主人と人間に変装した鬼とのやり取りが面白く、またわかりやすく、吹きさらしでの鑑賞は寒かったのですが、約45分の上演時間は長く感じませんでした。

壬生狂言を観ながら感じたことは、伝承という重み。
だって146年前に山南たちの前で壬生狂言を披露した方々から今日まで受け継がれ、守ってきたことによって、今でも観られるわけです。それは歌舞伎や映画『Beauty うつくしいもの』で描かれている村歌舞伎、また能など伝統芸能にとっては同じ。
146年前にこの壬生で山南が壬生狂言を観たのはほぼ間違いなく、それから146年が経って、同じ壬生で私も壬生狂言を観られるということは思っていた以上にすごいことでした。
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by eri-seiran | 2009-02-03 20:56 |  出来事

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